史上最速の宇宙探査機
2018年8月に打ち上げられたNASAの探査機「パーカー・ソーラー・プローブ」は、金星と太陽の引力の助けを借りて航行することにより、史上最速の人工物となった。
それでもまだ、その最高速度は光速の1%にも満たない。ワープ航法により、われわれはより速く移動できるようになるのだろうか。物理学者たちは現在、その実現に取り組んでいる。
2018年8月に打ち上げられたNASAの探査機「パーカー・ソーラー・プローブ」は、金星と太陽の引力の助けを借りて航行することにより、史上最速の人工物となった。それでもまだ、その最高速度は光速の1%にも満たない。
ワープ航法により、われわれはより速く移動できるようになるのだろうか。物理学者たちは現在、その実現に取り組んでいる。

SFの世界を現実にする
約60年前、TVシリーズ『スター・トレック』が放送されて以来、人々はある夢を抱くようになった。いつの日か人類は光よりも速い「ワープ航法」によって銀河を旅するようになるだろう、と。
未来の人類は、宇宙船に飛び乗ってあっという間に遠い恒星へ行けるという発想は、やがて多くの映画やTVシリーズ、書籍などに登場する定番の設定となった。そして今、そうした作品を見て育った科学者たちが、時空そのものを曲げることでワープ航法を現実のものにしようとしている。
何十年もの間、ほとんどの物理学者は、ワープ航法は不可能だと考えていた。ところが、ここ数年の理論研究において、ワープ航法は必ずしも物理法則に反するわけではないことが示されてきた。そのおかげで、実際のワープ航法技術を生み出すことへの関心が一気に高まった。
必要になる莫大なエネルギーをどう生成し制御するかなど、克服すべき実際的な課題はまだ多い。それでも一部の物理学者は、実現の可能性は十分にあると考えている。
「SF作家たちが想像で作り上げたものについて、あとからわれわれが実現可能であると気づくという流れには、ワクワクさせられるものがあります」と語るのは、政府や民間企業と協力して研究を行う公益企業、 アプライド・フィジックス社の天体物理学者で、ワープ航法研究の先駆者であるアレクセイ・ボブリック氏だ。「この関係は実に美しいと思います」
物理学者が真剣に研究
ボブリック氏のような物理学者がワープ航法を真剣に研究しているのには理由がある。ワープ航法という概念は実際のところ、まったく荒唐無稽というわけではないのだ。
違う時空をつなぐトンネルのようなワームホールや、別の次元へ移動するハイパードライブなど、SFに登場するその他の超高速移動のアイデアと比べれば、ワープ航法は「既知の物理法則と矛盾なく両立させるのが最も簡単な技術です」と、物理学者のザビーン・ホッセンフェルダー氏は言う。
SFの世界におけるワープ航法とは、宇宙船の周囲に時空の「バブル」を作り出す推進システムだ。そのバブルを加速させて光よりも速い移動を実現する。
これは一見、不可能に思えるかもしれない。アインシュタインの相対性理論によれば、われわれの宇宙に存在する物体は、光速の壁を超えて加速できないからだ。
光速は超えられないが、時空は変えられる
しかし、時空そのものはどんな速度でも曲がったり歪んだりできる。
『スター・トレック』の科学アドバイザーを務めた宇宙物理学者のエリン・マクドナルド氏は、時空を布のようなものと捉えるとわかりやすいと語る。
その布の中に、恒星から宇宙船まで、さまざまな物体が埋め込まれていると考えるのだ。「宇宙船を時空の布の中に包み込み、その布が船を運びながら光よりも速く移動していると考えれば、それはどんな物理法則にも反していません」
ただし問題は、そのように時空を歪ませるには、想像を絶するほどのエネルギーが必要になるという点だ。例えば宇宙空間はビッグ・バンという巨大なエネルギーによって、今も急速に広がっている。
ワープ航法の数学的モデル
1994年、ワープ航法を科学的に検証した最初の本格的な研究とされる論文が発表された。この画期的な論文において、物理学者のミゲル・アルクビエレ氏は、船の前方のバブルを収縮させ、後方を膨張させるという数学的モデルを考案した。
この「アルクビエレ・ドライブ」は、時空のバブルをどんな速度でも動かせるが、アルクビエレ氏によると、直径数メートルほどの小さなバブルを生成するだけでも、太陽の質量に匹敵するほどのエネルギー量が必要になるという。
さらに、アルクビエレ氏の計算では、アインシュタインの相対性理論との矛盾を解消するために、特殊な「負のエネルギー」が必要となる。残念ながら、負のエネルギーは純粋に数学的な概念であり、われわれの宇宙には「おそらく存在しないもの」だと、ホッセンフェルダー氏は述べている。
物理学に沿ったモデルが続々
アルクビエレ氏の論文発表から数年のうちに、NASAの科学者を含む複数の研究者が、氏のモデルにさまざまな改良を加えた。多くの後続研究が、負のエネルギーの必要量を減らそうと試みている。
ボブリック氏がワープ航法を知ったのは、大学で一般相対性理論を学んでいたときのことだ。その発想に強く惹かれたという。
アプライド・フィジックス社の共同設立者となるジャンニ・マルティーレ氏と出会い、互いに同じテーマに関心を抱いていることを知ったボブリック氏は、ふたりで一緒にワープ航法について研究しようと決めた。
アルクビエレ・ドライブを改良するのではなく、ボブリック氏とマルティーレ氏は、何もないところから始めて、より物理学に沿った新しいモデルを構築できるかを試みた。ふたりがまず試したのは、分析の対象を一定速度で航行するワープ航法に限定するというシンプルな手法だった(アルクビエレ・ドライブは加速と減速を伴うため、数式的により複雑になる)。
負のエネルギーを必要としない
2021年、ボブリック氏とマルティーレ氏は、学術誌「Classical and Quantum Gravity」に「物理的ワープ航法の提案(Introducing Physical Warp Drives)」というタイトルの論文を発表した。この中で彼らは、ワープバブルの一般的な構造について、「時空が平らな乗務員エリアがあり、その周囲を、重力場を生じる湾曲した外壁が取り囲んでいる」と説明している。外にある物体に対して引力の影響を与えないアルクビエレ氏のワープバブルとは対照的だ。
彼らのモデルは負のエネルギーを必要としない。ただしそれでも、直径数メートルのワープバブルを動かすには木星数個分に相当するエネルギーが必要になると、ボブリック氏は言う。「これはあまりに途方もない量です」
また、ボブリック氏とマルティーレ氏のワープバブルには大きな問題がひとつある。それは、光速を超えられないことだ。そう聞くと『スター・トレック』ファンはがっかりするかもしれないが、それでも物理学者らは、これはワープ技術をSFの世界から現実へと近づける重要な一歩だとみなしている。
「われわれは今、ワープ航法研究のためのかなりしっかりとした数学的基盤を手に入れました」。論文が発表された当時、ホッセンフェルダー氏はそう述べた。「歪められた時空とはどんな姿をしているのか、われわれは知っています」
時空をどう操るのか
科学者がワープバブルのより現実的なモデルを手にした今、次なる課題はスピードを変える方法だ。なにしろ、ワープ航法が宇宙旅行に使われる未来を想定するなら、バブルは加速し、減速し、停止して乗客を乗降させる必要がある。「そうしたプロセス全体を明確にモデル化することが、極めて重要なのです」とボブリック氏は言う。
ワープ航法に必要なエネルギー量を削減するうえでは、さらに多くの理論的研究が必要となる。仮に常温核融合などの未来的なエネルギー源が手に入ったとしても、惑星数個分のエネルギーを生み出すのはおそらく不可能だろう。
ワープ航法が理論的に実現可能であることを証明するには、まだ多くの課題が残されているものの、ボブリック氏によると、ワープ航法の分野では、過去数年間で新しい発想が非常に多く生まれているという。事実、氏が2021年に発表した先の論文は、カナダ、アルゼンチン、ヨーロッパ、ニュージーランドなどのワープ航法研究者によって、これまでに60回以上引用されている。
ワープすると重力波を生じる
人類がワープ航法を使って恒星間を旅するようになるまでには、何世代もの時を要するかもしれない。一方で、ワープ航行可能な宇宙船を初めて見る日は、それよりもずっと早く訪れる可能性がある。
2024年にある物理学者のグループが発表した論文には、もしもどこかでワープバブルが崩壊したとすると、その衝撃によって時空の「布」にさざ波(重力波)が生じると書かれている。そのさざ波は、適切な周波数に調整された検出器を使えば、地球上から観測できる可能性があるという。
ワープバブル崩壊という災害の結果として、ワープ航法技術を持つ、宇宙人の存在をかすかに感じ取れるかもしれないというのは、「誰がどう見ても最高にワクワクする話」だと、マクドナルド氏は言う。
氏はさらに、この研究は、われわれはまだ宇宙についての基本的な事柄を学んでいる最中であるという事実を改めて浮き彫りにすると指摘する。ブラックホール同士の衝突などによって生じる重力波の存在が科学的に確認されたのは、わずか10年前のことだ。この発見により、時空が絶えず歪められていることが疑いの余地なく証明された。
「ですから、次に科学が進むべき論理的なステップは、時空をどう操るかということなのです」とマクドナルド氏は言う。

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