世界最古の岩絵
インドネシアのスラウェシ州ムナ島の洞窟で岩絵が発見された。考古学者によると、これまでで世界最古の岩絵だという。
インドネシア、スラウェシ州ムナ島の洞窟に描かれた2点の手形ステンシルのひとつが、少なくとも6万7800年前のものであることが判明した。つまり、これまでに見つかっている現生人類による洞窟壁画としては最古のものになる。この論文は2026年1月21日付けで学術誌「ネイチャー」に発表された。

2025年に発見されたアラビア砂漠のジェベル・ミスマのラクダの岩絵の年代は、1万2800年〜1万1400年前のもので、アラビア半島で最古の巨大な岩絵だった。
有名なフランスのラスコー洞窟の岩絵は、フランスの西南部ドルドーニュ県、ヴェゼール渓谷のモンティニャックの南東の丘の上に位置する洞窟。
ラスコーの壁画は20,000年前の後期旧石器時代のクロマニョン人によって描かれた。炭酸カルシウム形成が壁画の保存効果を高めた「天然のフレスコ画」だ。この壁画はラスコー壁画より約5万年も昔ということになる。
先史時代の岩絵
先史時代の絵で飾られたその洞窟は、地元の人々から「リアン・メタンドゥノ」と呼ばれている。彼らはこの古代の美術館を訪れては、赤や茶色、ときに黒の顔料で描かれた、飛んでいる人、人が乗った舟、ウマに乗った戦士などの描写に驚かされてきた。
2015年、数千年前の鳥やブタやウマの絵よりもっと古い時代の人類の芸術表現を探そうと、インドネシア国立研究革新庁(BRIN)の考古学者で論文の筆頭著者であるアディ・アグス・オクタビアナ氏は、この洞窟を訪れた。
オクタビアナ氏は、茶色いニワトリの絵の近くの天井に、目的のものを見つけた。それは2点の手形ステンシルで、うち1点の指は動物のかぎ爪のように尖っていた。
オーストラリア、グリフィス大学の考古学者で地球化学者のマキシム・オーベール氏らと共に、この芸術作品に新しい年代測定法を使ってみた結果、6万7800年前という年代が明らかになった。
「ムナ島の手形ステンシルの年代は、後期更新世にインドネシアに住んでいた初期の現生人類が、既に高度な認知能力を備えていたことを示しています」とオクタビアナ氏は言う。
ムナ島はスラウェシ島のすぐ南東に位置している。今回年代が決定されたムナ島の芸術は、研究者が以前スラウェシ島のマロス・パンケプ洞窟で調査した壁画よりも約1万6600年古く、スペインで発見された、ネアンデルタール人が描いたとされる手形ステンシルよりも約1100年古い。
「これは、現生人類が当時からインドネシア諸島に存在していて、遊び心と想像力をもって、人間の手形を別のものに変容させていたことを示す強力な証拠です」と、同じくグリフィス大学の考古学者で、論文の共著者であるアダム・ブラム氏は記者会見で語った。
数万年に渡って描かれた岩絵
研究チームは、周辺の島々にある他の2つの洞窟で発見された手形ステンシルについても年代測定を行った。その結果、これらの手形ステンシルは4万4500年前から2万400年前までに描かれたことが明らかになった。
このことは、古代インドネシアの住民たちが、最終氷期のピークまで数万年にわたって岩絵を描きつづけていたことを示唆している。当時は海面が低く、現在の東南アジアのインドシナ半島からスマトラ島、ジャワ島、ボルネオ島にかけては「スンダランド(陸棚)」と呼ばれる陸地の一部になっていた。
著者らはこの発見が、かつて陸橋から島々を渡り、約6万5000年前にオーストラリア(サフルランド)の最初の住民となった集団を理解する手がかりになりうると考えている。
知性の高い人類が存在していた
研究チームが手形ステンシルの年代測定に用いた新しい手法は「レーザーアブレーション・ウラン系列年代測定法」だ。これは、論文の最終著者であるオーベール氏らが得意とする手法で、顔料の層にできたわずかなカルシウム炭酸塩(方解石)の含有物をレーザーで採取・分析することで、黄土で描かれた壁画の年代を正確に測定できる。なお氏はナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探究者)でもある。
研究チームはオーストラリア、サザンクロス大学で年代測定を行い、かぎ爪のような手形ステンシルの年代を7万5400~6万7800年前、もう1つの手形ステンシルを約6万900年前と特定した。
インドネシアでは近年、初期人類の知性について新たな知見をもたらす洞窟壁画の発見が続いている。今回のムナ島での発見もその1つだ。
オーベール氏とオクタビアナ氏は、2019年にも、獣人(動物の頭と尾を持つ人間)がイボイノシシやアノア(小型のスイギュウの仲間)を狩る様子を描いた洞窟壁画を発見したと報告している。後に5万1200年前に描かれたことが判明したこの物語的な場面は、インドネシアに住んでいた初期の人類が、実在しない生物を想像する能力をもっていたことを示している。
今回新たに年代が特定されたムナ島の手形ステンシルも、これを描いた芸術家たちが同様の認知能力を備えていた証拠だと研究チームは主張している。
動物の爪のように尖っている1本の指は、スラウェシでしか見られない芸術様式だと研究チームはいう。オーベール氏は、人間と動物との関係を表しているのではないかと推測している。
古代の芸術家が手形ステンシルの指を筆で描き直すか、あるいはかぎ爪に見えるように加工した事実は、そこに「複雑な思考」があったことを示しているとオーベール氏は言う。
新しい代測定法
「彼らは実際には存在しないものを描いています」
インドネシア大学の民族考古学者であるR. セセプ・エカ・ペルマナ氏は、この研究には参加していないが、手形ステンシルはスラウェシのいくつかの先住民族グループに見られる厄除けの儀式に関連していた可能性があると指摘する。
古代インドネシアに高度な知性をもつ人々がいたことを示すこれらの証拠は、かつて考古学を支配していた「人類は西ヨーロッパに到達したときに初めて認知的に現代人となった」とするヨーロッパ中心の知性観に異議を唱えるものだと、研究チームは言う。このような見解が広まったのは、岩絵の年代測定技術が十分に発達していなかったからだと、オーベール氏は説明する。
氏によれば、ヨーロッパで年代測定が行われた岩絵のほとんどが木炭で描かれていたため、炭素年代測定が可能だった。一方、東南アジアの岩絵は主に、酸化鉄に由来する無機赤褐色顔料である黄土(オーカー)で描かれており、炭素年代測定は困難だった。
著者らは、今回の新たな年代測定法により、現代人がヨーロッパに足を踏み入れるはるか以前から、知性を持つ人類がこの地域に生息していたことが示されたと述べている。
著者らはまた、今回の発見は、この地域の初期の人類がオーストラリアへの航海を成功させるのに必要な知性も備えていた可能性の証拠でもあると主張する。
人類はどのルートでオーストラリアへ渡ったのか
研究によれば、現生人類の一部は6万~9万年前にアフリカを離れ、中東と南アジアを経てスンダランドに到達した。彼らはそこから海を渡り、島から島へと移動してサフルランド(今日のニューギニアやオーストラリアを含んでいた大陸)に到達した。
2つの領域の間に分布するスラウェシ島をはじめとする熱帯の島々は、そのユニークな地質史と動植物相から「ウォーラシア」と呼ばれ、人類移動の壮大な物語を解くための重要な手がかりを隠し持っている。
スラウェシ島では更新世の人類の化石がほとんど見つからないため、岩絵は、この時代に人類がいたことを示す数少ない証拠の1つとなっている。
オクタビアナ氏によれば、オーストラリア北部のマジェベベにあるアボリジナルの人々の岩絵は、6万7800年前にインドネシアのムナ島に手形ステンシルを残した祖先から受け継がれた可能性が高いという。人類の化石の発掘には長い時間がかかるかもしれないが、「考古学の科学が、この知識の空白を埋められるはずです」と氏は言う。
北ルートと南ルート
人類は6万年前前後に複数のルートを使ってオーストラリアへ渡ったとする研究で知られる英サウサンプトン大学の海事考古学者のヘレン・ファー氏は、今回の新発見は人類のサフルランドへの定住に関する自身の遺伝学研究を裏付けるものだと評価する。
では、人々はどのルートでオーストラリアに到達したのだろうか?
ムナ島での発見は、インドネシアのスラウェシ島、モルッカ諸島、ニューギニア島を跳び移る「北ルート」をたどった可能性を示唆している。しかしオクタビアナ氏は「南ルート」の可能性も否定できないと言う。
ナショナル ジオグラフィックのインタビュー中、オクタビアナ氏はGoogleマップを開いてズームインし、ムナ島よりもさらに南のスラウェシ島とフローレス島の間に位置する小さな孤島を表示した。この島が、オーストラリアへの初期の足掛かりとなった可能性がある。
「見てください。ここに洞窟があります。岩絵があるかもしれません」。氏は、この島を訪れて確認するためには資金調達を行う必要があると言う。しかしオクタビアナ氏にとって、古代人類の芸術作品と移動に関する新たな発見の可能性があるなら、ムナ島と同様、それに挑戦する価値はあるのだ。
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