大統領の難しい判断は庶民に理解できない
イランが事実上封鎖している石油輸送の要衝・ホルムズ海峡をめぐり、アメリカのトランプ大統領は石油輸入国に対し、アメリカから購入するか、自ら確保することを要求した。
トランプ大統領は3月31日、「ホルムズ海峡の影響で航空機燃料を入手できない国々はアメリカから購入するか、自ら海峡に行って確保すべきだ」とSNSに投稿した。
「イギリスなどがイラン攻撃に関与しなかった、自分たちで戦うことを学び始める必要がある。アメリカはもう助けない」と主張している。
トランプ大統領は「イランはテロ支援国家であり、核兵器をつくろうとしている」…というのが問題として、イラン戦争を始めた。そこに大義があったとしても、我々庶民には何の関係があるのだろう。庶民が戦争に巻き込まれる。必要なものがなく物価が上がる。ただただ、戦争はやめてほしい。
モヤモヤした気持ちが治らない。過去の人たちはどうしていたのだろうか。政治がどうあれ、必要な物を売りたい、買いたいという普通の経済活動をしたいと思う人たちの方が多いのではないのだろうか。現に天安門事件を起こした中国と貿易しているではないか。そんな中で、スッキリと決断した人たちが日本にもいた。
親アラブ・親イラン外交を展開した田中角栄
田中角栄は首相在任中の1970年代、オイルショック下で親アラブ・親イラン外交を推進し、日本への安定的な石油供給を確保した。アメリカの要求を拒否し、イランへの経済協力などを通じて資源外交を展開した姿勢は、現在の中東情勢において、日本の自立的な外交判断の先例として再評価されている。
1973年の第1次オイルショック時、田中政権は「親アラブ」へと大きく舵を切り、イランやサウジアラビアなどの産油国と直接交渉を行い、原油の安定供給を維持した。
石油の確保と引き換えに、イランへの石油化学コンビナート建設やインフラ整備への協力を約束し、二国間関係を強固にした。
当時、アメリカからは産油国に対する強硬な対応を求められていたが、日本は国益を最優先し、独自の石油外交を断行した結果、国家備蓄の推進など、日本のエネルギー安全保障の基礎を築いたとされている。
この田中角栄の事例は、アメリカとイランの間で揺れる現在の日本外交において、国益を賭けた重大な外交的決断として、メディアで取り上げられている。
これに対し「当時イランはイラン革命前の王政であり、現在とは全く違う」という意見があるが、一般庶民としては、石油という重大な商品の経済活動を止めることが問題であり、買いたいところから買うのが基本だと思う。
ずっと王政が続いていたイランだが、1979年にルーホッラー・ホメイニーを指導者としてイラン革命が勃発した、モハンマド・レザー・シャー国王はエジプトに亡命してパフラヴィー朝は崩壊、イラン・イスラム共和国が成立している。
イランから石油を輸入した出光佐三
日本保守党の百田尚樹代表は3月26日の参院経済産業委員会で、赤沢亮正経済産業相に対し、かつて作家としてイランに招かれたことがあるとして、日本タンカーのホルムズ海峡通過に向けた交渉で役に立つ用意があると表明した。
百田氏は、出光興産のタンカーが英海軍の海上封鎖を突破し、英国とは紛争中だったイランから石油を輸入した「日章丸事件」(昭和28年)を描いた小説「海賊とよばれた男」を平成24年に出版。その縁で、2年後にイラン政府から招かれて訪問している。
「海賊とよばれた男」は、出光興産の創業者・出光佐三をモデルにした百田尚樹の小説で、1953年に英国の封鎖を突破してイランから石油を輸出した「日章丸事件」を描いた物語だ。
イランの石油国有化により、英国が石油輸出を封鎖する中、出光興産は日章丸を派遣。国際的な圧力に屈せず、イランから原油を日本へ持ち帰ることに成功した。
イラン側は、この勇気ある行動に感謝し、初回の石油代金を無償にしたとされている。この事件は、敗戦後の日本にとって希望を与え、その後の日本における石油の安定供給の歴史において重要な転換点となった。
百田氏は「現在のイラン情勢について、交渉して日本のタンカーのホルムズ海峡通過を要請することも選択肢か」と赤沢経済産業相に質問した。
赤沢氏は「日本はアジアを代表しているので、わが国だけがイランと交渉して、うまくいけばいいのかということについて、よく考えなければいけない」と〝抜け駆け〟に否定的な見解を示した。
これに対し、百田氏は「日本の国益をまず大事に考えることが重要だ。私はイランから国賓として招かれて、イランの経産相にあたる人たちと話した。私の力は全くないと思うが、微力ながら役に立てるものなら、ぜひ政府から声を掛けていただきたい」と述べた。
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