「アポロ計画」はなぜ途中で中止されたか?
アメリカ航空宇宙局は「アルテミス計画」で2028年を目標にアポロ計画以来となる宇宙飛行士による月面着陸を目指していて、宇宙船は日本時間の4月2日から10日間の日程で、この計画では初めて宇宙飛行士を乗せて飛行した。
そして4月11日午前9時7分、宇宙船は大気圏に突入したあとにパラシュートを開き、アメリカ西部カリフォルニア州の沖合に着水した。
有人月ミッション「アルテミスII」のオリオン宇宙船は7日に月の裏側を観測した。この際、地球から40万6771kmの距離に到達し、人類最遠到達記録を57年ぶりに約6600km更新した。(写真はオリオン宇宙船から見た「地球の入り」)

1961年5月25日、アポロ計画は「10年以内に人間を月に送り込み、安全に地球に帰還させる」というJFKの号令によって正式なプロジェクトとして発足。あれから57年人類は何をしていたのだろうか。
アポロ計画が中止された理由は謎のまま
聞くところによるとアポロ計画は、17号の後、さらに10回もの月探査が予定されていた。18、19号にいたっては、ロケット購入代金も支払い済み、乗組員の訓練も終了しており、いつでも打ち上げ可能な状態にあったという。
それにもかかわらず、中止が唐突に決定された。その後同じ場所に行くのに57年もかかったことになる。いったいなぜなのか?
異常なほどの開発スピードと巨額資金、そして膨大な人員を擁したアポロ計画は、単なる科学調査やアメリカと旧ソ連の宇宙競争という域を逸脱していた。
旧ソ連もあれほど宇宙開発に熱心だったにもかかわらず、結局は月に人間を送り込むまでにいたっていない。1966年に有人月探査計画があったが、ロケット主任設計者の急死によって頓挫したまま、現在にいたっている。
いずれにせよ、2国とも軌を一にしての月探査計画中止は、それまでの異様ともいえる計画の進行速度を考えると、決して偶然とは思えない。
少なくともアメリカと旧ソ連の2国間には、超高度レベルでの合意があったことは確かだろう。その合意とは何だったのだろうか?
その理由には、「UFOや宇宙人基地、巨大構造物などが発見された」…など、たくさんの説が5年ぐらい前にはネット上を賑わせていたが、今はきれいに消されている。ここにも何らかの意図があると思われる。おそらくアポロ宇宙飛行士たちは見てはいけないものを見てしまったのだろうと思う。
月探査の歴史
初めて月に到達した探査機は旧ソ連(ソビエト連邦れんぽう)のルナ2号で、1959年9月に「晴れの海」に衝突しょうとつさせることに成功した。初めての着陸もやはりソ連、1966年2月に「あらしの海」にルナ9号を着陸させている。アメリカも1966年にサーベイヤー2号で無人探査機の着陸に成功している。
アメリカは無人探査機では旧ソ連に先をこされていたが、1969年7月20日、アポロ11号で人類を月に送りこむことに成功する。アポロ計画では12人の宇宙飛行士が月面に立った。宇宙飛行士たちは、月で様々な科学調査や岩石や土などの採集を行った。
旧ソ連も有人探査こそなかったが、ローバーを使って広いはんいの調査をしたり、サンプルを持ち帰るなど積極的な探査を行った。アメリカは無人探査機による月面着陸と月周回を経て、予定通り「アポロ計画」に突入。
1968年12月24日、アポロ8号の乗組員フランク・ボーマン、ジム・ラヴェル、ウィリアム・アンダースの3人は初めて月の周回軌道に入り、また自らの目で月の裏を見た初めての人間になった。
人類が初めて月面に立ったのは1969年7月20日のことであり、アポロ11号のニール・アームストロングとエドウィン・オルドリンが初めて月面を歩いた。初めてのロボット月面車はソビエト連邦のルノホート1号で、ルノホート計画の一環として1970年11月17日に打ち上げられた。これまでのところ最後に月面を歩いたのは、1972年12月に月に到着したアポロ17号のユージン・サーナンとハリソン・シュミットが最後である。
その後、興味関心がなかったかのように月面探査という言葉を聞く機会がなくなってしまった。
かぐやによる月面の詳細な観察
次に月の存在を本格的に知ることになるのはアポロ17号から30年後、2007年9月のことだ。日本は「月の起源と進化に関する科学的なデータを収集し、将来の月探査に向けた技術を開発すること」を目的に月周回衛星「かぐや」を打ち上げた。かぐやは1年8か月にわたって月周回軌道で観測を続け、2009年6月11日に月面に衝突した。
本格的な解析として、地形カメラが撮影した月南極のシャクルトン・クレーター内の解析を行った結果、露出した氷(水の氷)がほとんど存在しなかったことを明らかにした。2008年10月23日付の科学誌「サイエンス」(オンライン版)に掲載された。
クレーター年代学により、月の裏側のモスクワの海などの形成年代の調査を行い、従来の推定結果よりも5億年以上、形成時期が若いことを明らかにした。2008年11月7日付の「サイエンス」(オンライン版)に掲載された。
約677万地点を観測したデータを使い、従来よりも詳細な月の地形図を国立天文台、国土地理院と共同で製作を行い、月の最高峰は10.75 km(従来の値を約3キロ上回る)、最深部がマイナス9.06 kmであるといった成果が2009年2月13日付の米科学誌サイエンスに発表された。
その後、2013年には、中国の「嫦娥3号」が軟着陸。2019年には、中国の「嫦娥4号」が世界初の月の裏側着陸。2023年には、インドの「チャンドラヤーン3号」が月の南極付近に世界で初めて着陸した。
アルテミス計画により、再び月へ
アルテミス計画は、NASA主導の国際有人月探査プログラムであり、アポロ計画以来となる月面着陸と持続的な長期滞在を目指している。2026年4月に有人月周回「II」が地球に帰還、2028年には有人月面着陸「IV」を計画中であり、日本人宇宙飛行士の月面着陸も予定されている。
月面探査の継続、将来の火星探査に向けた技術実証。2026年4月、有人宇宙船「オリオン」が月周回飛行(アルテミスII)を成功させ、地球に帰還。
今後の予定、2028年に「アルテミスIV」ミッションで、アポロ計画以来の有人月面着陸と、日本人の月面到達を目指す。
日本人宇宙飛行士2名の月面着陸、新型無人輸送機「HTV-X」による月軌道上の宇宙ステーション「ゲートウェイ」への物資補給などを担う。
この計画により、半世紀ぶりに人類が再び月に降り立ち、月の資源利用や科学調査が本格化する。
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