聖徳太子一族皆殺しの謎

 私たちはごく普通に初詣に行き、お寺にもお参りする。宗教的には日本神道と仏教が仲良く共存している世界で生活している。しかし、日本神道と仏教には今も厳然たる違いがあり、私たちは過去の歴史の中で激しい戦いがあったこともすっかり忘れている。

 その中には、悪質宇宙人の影響があったと聞くと驚くのではないだろうか。その魔の手は、今もわが国に深く及んでいる。『小説 十字架の女(3)〈宇宙編〉』において、悪質宇宙人アーリマンは、「日本では、聖徳太子の一族を皆殺しにさせた」と語っている。

 飛鳥時代の643年、当時、権勢を誇っていた蘇我入鹿が、聖徳太子の子・山背大兄王ら一族を斑鳩宮で襲撃した。山背大兄王らは命からがら生駒山へ逃げるが、飢えと寒さのなかさまよい、行き場を失う。

画像 1

 部下から「軍勢を集めて反撃すれば、勝機がある」と進言されるが、山背大兄王は「確かに勝てるかもしれないが、戦をして民を苦しめたくない」と観念し、山を下って斑鳩寺(法隆寺)に入った。入鹿らの軍勢に取り囲まれるなか、一族もろとも自害することを余儀なくされる。

 あまりに悲劇的な事件だが、通説では入鹿の動機について、「自分の息のかかった皇子を天皇にするため、ライバルを消した」とされている。まさに蘇我氏の暴政の象徴とされ、後に「乙巳の変(大化の改新)」で中大兄皇子らに討たれる"大義"の一つとして、語られてきた。

 実は日本神道の"反仏教革命"だった

 しかし、大川総裁によれば、事件の"真の本質"は別のところにあるようなのだ。これは「仏教導入派」と、物部氏など「日本古来の先祖神を祀る勢力」との内戦の延長線上にあった。聖徳太子の仏教興隆に対する「反革命」的な意図があったというのだ。

 単なる「皇位継承問題」(権力闘争)を超えた「宗教問題」だったというのは、通説を覆す重大な真相だが、ここで何より注目すべきは、インドで始まった仏教の最終・最大地点とも言われる日本で、その教えを潰そうとする動きがあったなら、まさに悪質宇宙人の意図と同通するということだろう。

 確かに歴史を俯瞰すると、この事件はあまりに決定的な影響を、日本仏教に与えている。山背大兄王は、聖徳太子の仏教精神を正しく受け継ぐ、数少ない人間だったと言われている。そうした人物が天皇になっていれば、仏教史の展開はまた違っていただろう。

 だがこの事件は、蘇我氏打倒の動きにつながり、結果的に、一年半後の「大化の改新」に連鎖した。これは天皇の権威の拠り所を(仏教に求めるのをやめ)、神道の方に戻すという考えの表れだった。  同時に加速したのが、国家による徹底した「仏教統制」であった。新政権が始まるやいなや、新天皇は「有力寺院に官僧や役人の監督者をつけて、その運営や構成員、領地、教学まで管理する」という詔を出した。

 この流れのなか、8世紀に定められた「僧尼令」では、僧の出家・修行・布教についてまで法律で細かく規定され、これが後に行基菩薩の救済活動への弾圧にまでつながっていく。

 これは、現中国政府が教会司教を任命して管理するキリスト教政策をも連想させる。太子一族襲撃以降を「神道の反撃の時代」と呼ぶ識者もいるほど、仏教にとっては停滞の時代となった。

 蘇我入鹿が仏教から転向

 太子一族襲撃事件が反仏教の動きだったとすると、ここに一つ謎が出てくる。そもそも蘇我氏は仏教護持派の雄ではなかったのか。そのために太子と共に多大な犠牲を払って、物部氏と戦うことまでしてきたのではなかったのか。この疑問に関して、大川総裁の霊言で聖徳太子の霊が、驚きの事実を明かしている。

「飢饉とか干ばつ、イナゴの発生、それから天然痘の流行、まあ、こんなものが折々に起きていますので、そういうときに、これを、『"異教の神"を入れたからだ』とかですね、『祖先の神を蔑ろにしたからだ』とか、そんな意見が出てくるので。そういう意味での世論というのは、コロッと変わってくることはよくあって」「蘇我氏でも、『やっぱり間違っているんじゃないか』と言うような人も一部出てきたりした」

 つまり事件の背後にあった真相は、蘇我入鹿らの"反仏教への宗教的転向"であった可能性が濃厚なのである。「まさかそんなことが」という劇的な変心のようにも見えるが、権力者に心の隙があると、そこに大きな暗黒の力が働いてくることには注意しなければならない。

 謎の事件や天変地異

 確かに当時、蘇我氏をはじめ仏教派の信仰心を揺さぶる出来事が、立て続けに起きている。そしてそのどれもが、ある種の"奇怪さ"を伴っている。

 例えば太子没2年後、僧の一人が祖父を斧で殴るという事件が起きる。僧尼は当時、すでに1300人を超えていたが、この一事をもって、驚くほど強引で劇的な、反仏教の嵐が巻き起こった。

 事件に怒った推古天皇が蘇我馬子を呼びつけ、諸寺の僧尼を招集。なんと事件の連帯責任として全僧尼を処罰しよう、というところまで行ったのだ。

 幸い百済から来ていた僧が許しを請い、聞き入れられた。だが代わりに、日本で初めて国家による僧尼取り締まり機関が置かれ、これが先述した仏教統制の源流となった。蘇我氏ら仏教派への風当たりも強まり、動揺が走ったと見られる。

 天変地異についても、太子没以降は如実に激化している。『日本書紀』だけ見ても、洪水、干ばつのみならず、「蠅の大群が柱を成し、その羽音が雷のようだった」「夏に桃のような巨大な霰が降った」といった不気味な出来事が記されている。

 特に太子一族襲撃事件が近づくにつれて、不審な火災、火球、地震の連発、池の変色など、妙な異変が畳みかけるように記述されている。人心が動揺し、"仏教導入に対する神々の怒り"が噂されたことは、想像に難くない。しかし問題は、「そのような天変地異はどのような"神"が起こしたのか」ということだ……。

 「権力欲」に憑依

 権力に一種の霊威のようなものが重視された時代、「自分たちは仏教信仰でいいのか」という迷いや焦りが募ったことは、十分想像されることである。

 そのせいか、太子一族襲撃事件の前年、蘇我氏の心が仏教を離れたと見られ、神道の先祖崇拝に入れ込み始めた記録が『日本書紀』にも残っている。

 それによると神道的な先祖崇拝のメッカというべき葛城山の麓に「先祖神を祀る廟」を建て、帝にのみ許された集団舞踊儀式を行ったという。これは蘇我氏の神道への傾倒(仏教からの離反)を表すと同時に、入鹿自身のうぬぼれと権力欲を物語っている。

 ここで見逃せないのが、アーリマンが霊言で地球人の「権力欲」に憑依して、操ることができると語っていることだ。

 前述したように、「日本が仏教伝道の最大・最終地点になる」という仏の願いと計画を担って、聖徳太子が仏教を日本に移入した。そのような世界宗教の広がりが"邪悪なる宇宙存在"に不都合なものであったならば、「仏教を排除したい神道に傾倒し、権力欲を持った為政者」の存在は、悪質宇宙人の格好の餌食になったのではないかと思われる。

 聖徳太子本人も暗殺された?

 実は一族のみならず、聖徳太子本人に関しても暗殺説がささやかれている。その死に際しあまりに不審な点があるためだ。

 まず太子は622年2月22日の夜半、病死したとされている。だが実は、最も側近くにいた膳部夫人が一日違いの21日に同じく病死しており、この異常さを疑う識者は少なくない。

 さらに膳部夫人が危篤状態になった時、「水を飲ませてほしい」と懇願したにもかかわらず、太子はそれを許さなかったという逸話も残っている。夫人が息を引き取ると太子は「富の井の水を、どうせ生きられなかったのなら、飲ませてやればよかった、富の井の水を」という歌を詠んでいる。

 なぜ水を飲ませなかったのか。歌中で二度も名指しされた井戸の水に、何か問題でもあったのか。 霊査では、聖徳太子が常に神道派が差し向けた「暗殺集団」に狙われていたことが語られており、過去世で太子の警護をしていたという霊人が、現代人には想像できない当時の緊張感を語ったこともある。

 さらには、激しい霊的な攻撃もあったと思われる。実際、廃仏派の豪族が、崇仏派の皇族の人形をつくって呪詛していたという記録も残っており、これが「丑の刻参り」的儀式の最古の記録だという。

 聖徳太子の仏教導入は宗教改革だった

 日本の歴史にとって、聖徳太子の存在はあまりにも大きかった。太子は霊言で、当時、「人は生まれによらず仏性がある」という仏教思想にもとづいて、民主的な政治を、明治維新に1200年先駆けて目指していたと語る。その射程に、単に政治の改革だけでなく、宗教そのものの変革も入っていたとするならば、明治維新でも成し遂げられなかった"その先"をも目指していたと言えるのである。

 特に日本人にとっては、「宇宙的存在がいるかどうかさえ分からない」と言うのが"常識"かもしれない。その"常識"を何段階も飛び越えた本記事の歴史観に、戸惑う人もいるだろう。

 それでも大川総裁は今、地球に悪しき影響を与えようとする力が加速しており、このままいけば「『宇宙からの攻撃』ということも今後は起きるかもしれず、地上での人類の生存条件はかなり制約を受けることになる」(『地獄の法』)ため、事実を告げ知らせることを急いでいる。

 「戦争」「宗教」そして「マスコミ」

 悪質宇宙人が地球侵略の足掛かりをつくるために目指しているのは、この地上を闘争と破壊の世界にし、この世的価値観で染め上げることであった。そのために、無益な「戦争」を煽ったり、霊的人生観を教える「宗教」を妨害したりしてきた。

 ここでさらに現代的な注意点として付け加えるとすれば、「マスコミ」がある。『小説 十字架の女(3)〈宇宙編〉』でアーリマンは、「戦争に正義なし―と言い続けるマスコミはいいね。マスコミが善悪を帳消しにしてくれるので、神と悪魔の区別がつかなくなったのさ」と語る。

 戦争は地獄を拡大させるため、忌むべきものであるのは確かだ。だがもう一つの観点として、「どんな戦争も無条件に悪」という報道だけに染まると、例えば先述した、ロシアを戦争に引きずり込んだ勢力の悪質さや、自国防衛のため動かざるを得なかったロシアの立場などが顧みられず、神の世界正義を慮る人がいなくなる。

 国際政治の善悪のみならず、無神論や宗教不要論を"拡散する道具"にもマスコミは使われる。現に霊査によれば、例えば日本の大手マスコミ関係者にも悪質宇宙人の影響があるという。「現代の悪魔は活字を通して入ってくる」という言葉もあるが、それは地球外の悪魔にも当てはまるのだ。

 総じて言えるのは、地球侵略は現時点では主に「価値観」のレベルで忍び寄っており、それを抑止するために必要なのは、「思想戦」「精神的な戦い」であるということだ。

 堕地獄と世界大戦を防ぐ

 ではこの戦いに必要な思想とは何か。その筆頭は、「あの世があり、天国・地獄は厳然として存在している」という宗教的な本道に当たる教えである。

 その上でまずは私たちが、地獄に堕ちないような生き方をすることが重要だ。その条件について大川総裁は著書『真実を貫く』でこう説いている。

「『自分のために世界がある』と思って、自己保存の気持ちのある人、『自分だけが成功して繁栄して幸福になればいい、快楽であればいい』と思っているような人は、残念ながら、天上界という世界に行けない」

 さらに大川総裁は、地球の地獄を拡大させる要因として、「ロシアのほうは今、中国や北朝鮮やイラン等ともつながってきて、『世界大戦の構造』ができつつある」という最悪のシナリオが近づいていると警告し、この流れを止める智慧と判断を世界に求めている。

 私たち個人の悟りと、国家・世界レベルの正しさを探究することが、地球外の悪からこの星を護ることにつながるのだ。