激化する宇宙開発競争

 少し前までの宇宙開発競争といえば、冷戦中にアメリカ合衆国とソビエト連邦との間で宇宙開発をめぐって戦われた競争であった。現在はアメリカと中国の間の宇宙開発競争をいう。

 おおよそ1957年から1975年までの間続いたアメリカとソビエトの競争は、それぞれが人工衛星を打ち上げ、人間を宇宙空間へ送り、月に人間を立たせるための計画を並行して行った。

 その発端は、初期のロケット技術の競争や、第二次世界大戦後の国際的な緊張の中に既にあったが、実際に始まったといえるのは1957年10月4日のソビエト連邦によるスプートニク1号の打ち上げの後であった。そしてアポロ17号で謎の終了を迎えた。

画像

 現在、アメリカのアルテミス計画では月面再訪後には月面基地を建設し、長期的に滞在することを目標としている。ただ、民間企業が担う月着陸船の開発に遅れが生じており、計画が予定通り進められるかは不透明だ。トランプ大統領任期中の2028年までに月面再着陸を成し遂げたい考えだが、予断を許さない状況だ。

 アメリカの新しい競争相手となったのは中国。「宇宙強国」を掲げる中国は2030年までに自国の宇宙飛行士の月面着陸を目指している。今年2月には新型の月探査ロケット「長征10号」や新型有人宇宙船「夢舟」の試験に成功。今年後半には無人探査機を月の南極付近に着陸させる予定で、着々と実績を積み上げている。その背景には宇宙人からの技術供与があると考えられる。

 今回中国は、地球から遠く離れた静止軌道で人工衛星の燃料補給を歴史上初めて成功させたとみられ、“ゲームチェンジ”につながるのではないかと業界に衝撃を与えている。

 宇宙空間で何が起きているのか

 アメリカ東部ペンシルベニア州の宇宙関連企業「COMSPOC」のオペレーションルーム。ことし3月、NHKのカメラ撮影が許可された。

 部屋の壁面を覆う巨大なディスプレーに映し出されるのは、宇宙空間のあらゆる物体やその軌道。望遠鏡の観測データや宇宙船が発する信号の周波数など、膨大な情報をもとに、物体の特定や軌道の分析を手がけている。技術的には、数センチ以上の物体であれば把握できるという。

 SA=宇宙状況認識(Space Situational Awareness)という監視システムで、24時間365日稼働し、アメリカ国防総省や民間の事業者に情報を提供している。首都ワシントンに拠点を置く宇宙関連のシンクタンクの専門家は、アメリカのSSAの歴史は冷戦初期にまでさかのぼり、いまも最も先進的な能力を有していると指摘する。

 宇宙空間での“ドッグファイト”

 この会社のシステムを活用すれば、衛星の軌道を1週間先まで予測することが可能になる。その中でも重要となるのが、人工衛星どうしの「接近評価」。

 宇宙空間では“ドッグファイト”とも呼ばれる争いが、頻繁に起きている。

 アメリカと、中国やロシアなどの人工衛星が、至近距離で互いの周囲を回りながら相手国の衛星を撮影し、分析。接近や追尾をしやすくするため、軌道を変更する“位置取り合戦”も行われている。

 会社では、アメリカの衛星が“ドッグファイト”を仕掛けられるおそれがある場合、国防総省や事業者など衛星の運用担当者に通知。適切な解決策がとられているかの確認まで行う。

 静止軌道での燃料補給 中国が世界で初めて成功か

 こうした中、SSAで中国がその技術力を飛躍的に高めていることを示す事象が観測された。地球のはるか上空、およそ3万6000キロの「静止軌道」で、技術的に困難だとされる人工衛星の燃料補給に成功したとみられる。

 衛星はこれまで燃料が尽きた段階で寿命を迎えていた。車で例えるなら給油ができないようなもので、人工衛星は極めて高価にもかかわらず、一度きりしか利用できなかった。

 しかし、去年7月、中国の給油宇宙船「SJ-25」が、燃料不足に陥っていた「SJー21」という衛星にドッキングし、短期間のうちに燃料を補給したとみられ、「SJ-21」の活動を継続することにつながったと分析。中国は公式に発表していないが、事実なら世界で初めてとみられる。

 一方、この一部始終を、接近したアメリカの人工衛星「USA-271」が偵察したとみられることもわかっている。

 燃料補給が可能になれば、衛星は宇宙での活動を大幅に延長できるようになることから、“ゲームチェンジ”につながるとも言われている。アメリカの宇宙開発企業「スペースX」を率いるイーロン・マスク氏も、繰り返しその重要性を強調してきた。それだけに、中国の衛星による技術は、業界に衝撃を与えることになった。

 COMSPOC ポール・グラジアーニCEO 「中国は信じられないほどの能力を極めて短期間で拡大させている。ばく大な資金や人材を大量に投じ、宇宙制御システムを開発する意欲と能力を兼ね備えている」

 トランプ政権は民間企業と連携強化

 国家主導で開発を加速させる中国に対し、アメリカ政府は、民間企業との連携強化を推し進めている。長期にわたる開発とばく大なコストが必要な宇宙開発は、政府しか手が出せない分野だったが、技術革新によって低コスト化が進み、独自の強みを持つ企業の参入が増えているためだ。

 そのうちの1社が、カリフォルニア州に本社を置く「Rocket Lab」。ロケットの製造から打ち上げまでを手がける垂直一貫型の企業で、特に、小型ロケット市場で高いシェアを持っている。会社の衛星では、夜間や悪天候でも地表を観測することが可能で、都市インフラの監視や災害時などにも活用できることから、日本の企業や大学なども顧客になっているという。

 この会社に目をつけたのが、国防総省の宇宙担当部局で、去年12月には、ミサイルを追跡する衛星18機の供給を受けるため、総額8億ドル余り、日本円にして1300億円規模の契約を結んだ。

 衛星には、広い視野の赤外線センサーなどが搭載され、発射されたミサイルの早期の探知や飛翔中の追跡、データの送信を行う。アメリカのミサイル防衛の一翼を担うことになる。

 Rocket Lab 打ち上げ部門 ブライアン・ロジャーズ副社長 「中国は、国益のために衛星を打ち上げていて、政府のための開発を行っている」 「アメリカ政府は、大規模な能力開発を進めている企業に注目した手法を選択。過去30年間のアプローチとは対照的で、政府は新たなパートナーシップを構築している」

 世界一の宇宙大国目指す中国にどう対抗?

 激しさを増す宇宙空間での米中の覇権争い。アメリカ国防総省で安全保障を担当したカリ・ビンゲン氏は、依然としてアメリカが宇宙分野をリードしているとする一方、中国に対抗するため、いますぐに行動を強化すべきだと訴える。

 元国防総省情報・安全保障担当 / CSIS=戦略国際問題研究所 カリ・ビンゲン氏 「習近平国家主席は、2049年までに中国を世界一の宇宙大国にすることを国家の優先課題に位置づけている。国家主導で、軍事、民間、商業部門を問わず、宇宙分野に多額の投資を行い、主導権を握ることに執念を燃やしている。

 アメリカは、驚異的な技術革新が起きている民間の技術や資本を積極的に活用すべきで、軍事面でセンサー技術などへの投資が重要になる。宇宙能力を最先端に保ち、戦略的優位性を確保するためには、先端技術への継続的な投資が不可欠なのだ。

 対中国における戦略的優位性のひとつは、日本など同盟国やパートナーの存在であり、防衛、安全保障や商業面において関係を深化させていくことも求められる」

 国家主導でアメリカを猛追する中国。長年の国家戦略でサプライチェーンを圧倒的に支配してきたレアアースのように、宇宙空間でも、支配的な力を身につける可能性が出てきている。重要鉱物や宇宙、そしてAIや半導体など、先端分野での覇権争いが世界の構図を決定づける時代に入った今、米中の攻防は今後も最大の焦点となる。

中国、「宇宙強国」への野望
寺門 和夫
株式会社ウェッジ
2017-02-20