国際宇宙ステーションで行われる貴重な実験

 国際宇宙ステーション(ISS)は地上約400㎞上空を周回している有人の宇宙施設。2000年11月から宇宙飛行士が滞在し、宇宙空間でしかできない様々な実験を行っている。

 ISSの船内は、地上の1万分の1から100万分の1という「微小重力」、それに伴い浮力に起因する「微小対流」という地上ではつくることが難しい実験場となっている。また、周囲の宇宙環境(船外)も、気圧が地上の100億分の1という「高真空」、銀河宇宙線や太陽粒子線といった宇宙放射線が強いことなど、地上では生み出すことができない特殊な環境がある。

 この様な特殊な環境を利用して、これまでに80カ国以上の研究者がISSに滞在する宇宙飛行士と協力して、新薬の開発や高齢者医療などにつながる1760件以上の実験・観測を行っている。

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 例えば、地上では重力があるために2つの異なる金属を混ぜようとしても、重いものは下に行くために混ざりきらない状況であっても、ISSでは混ざるといった可能性がある。新薬を開発する際に大事なタンパク質の結晶も、地上では不規則なものがISSではきれいな結晶を形成する可能性がある。

 先日は、ISSの日本実験棟「きぼう」で重力を変えたマウスの長期飼育に成功した。この結果、 火星と地球の中間程度の重力では、筋肉の量や機能が、ともに維持されたことがわかった。

 宇宙での火災をどう防ぐか

 丸い形をした炎。これは、宇宙船内で燃えるろうそくの火だ。

 無重力の宇宙では、火のふるまいも地上とは異なるが、実は宇宙のほうが地上よりものが燃えやすいケースがあることが、近年の研究で明らかになってきた。

 研究の背景にあるのは、月面での長期滞在や火星の有人探査など、将来的に見込まれる宇宙での有人活動の増加だ。今後は宇宙で火事が起きる危険性も考えられている。

 実験装置は、高度400キロ付近を周回する国際宇宙ステーションにある日本の実験棟「きぼう」に設置されている。JAXAでは2年前から、この装置を使ってさまざまな素材を燃やす実験を行ってきた。

 重力が無い環境でどのように燃えるのか、地上と比べてどう違うのかを検証することがねらいだ。

 宇宙での火災リスク

 とはいえ、「そもそも宇宙で燃えるのか?」という疑問がまず浮かぶ。当然、宇宙空間には酸素が無いため火はつかない。

 しかし、宇宙船など人間が生活する環境には酸素があり、電気配線のショートなどで火災が起きるリスクがある。実際、過去には宇宙船内で火災が発生している。

 いまから27年前の1997年には、ロシアの宇宙ステーション「ミール」で酸素を発生させる装置から出火。船内に煙が充満した。乗組員が炎を消し止めて大きな被害は免れたが、宇宙での火災対策に教訓を残す事故となった。

 閉鎖された宇宙船内で火災が起きるとはどういうことなのか。宇宙に3回行った、星出彰彦宇宙飛行士に話を聞くことができた。

 星出彰彦 宇宙飛行士 「宇宙空間で住む上で、『空気漏れ』、『有毒ガスの発生』、そして『火災』の3つが緊急事態として定義されている。消防隊が助けに来るわけではないので自分たちで対応しなくてはいけない。まず自分の身を守るために退避して、発火源を特定して消火するが、1人ですべてはできないので、乗組員でうまく手分けをしながら訓練していた」

 地上と宇宙の違いは“空気の流れ”

 では、地上と宇宙で燃え方はどう違ってくるのか。

 ろうそくを燃やした場合、地上で燃やしたものは、縦に長い形をしているが、無重力では宇宙船内で燃やしたもので、丸い形をしている。

 こうした違いは、重力の有無によって生まれる。重力があると「自然対流」と呼ばれる空気の流れが発生するのに対し、無重力では空気が流れず炎の形が変わってくるのだ。

 この「空気の流れ」は、火が燃え続ける時間とも関係している。地上では空気の流れで、酸素が運ばれて火が燃え続けるのに対し、無重力では空気は流れず、酸素が運ばれないため、やがて火は消えると考えられる。

 この点、宇宙船内では人工的にわずかな流れを作っている。呼吸で吐いた二酸化炭素が滞留して窒息しないようにするためだ。

 火災の際には流れを止めて、燃え広がるのを抑える手順になっている。

 空気の流れを止めても火が…  そこで今回、実際に空気の流れを止める実験を行った。燃やすのは透明のアクリル板。

 この実験装置は、燃えている途中でも内部の空気の流れを自由に調節することができる。専門家やJAXAの職員が見守るなか、実験が始まった。

 細長い試料の右端に電熱線で着火すると、右から左に向かってアクリル板が溶けながら燃えていく。最初はわずかな空気の流れがあったが、しばらくすると完全な静止状態に。

 しかし、予想に反して燃え続け、最終的には試料がすべて燃えてしまった。専門家も驚く結果だった。

 北海道大学 藤田修教授 「途中で空気の流速をゼロにした時は、酸素の供給が減るので、だんだん炎が弱くなって、最後は消えると予想していたが、予想以上に燃えるので少しびっくりしている。最初に仮定していたこととは違う結果が出ているので、新しい発見が入っている」

 宇宙のほうが燃えやすい場合もある

 さらに、条件によっては地上よりも宇宙船内のほうが燃えやすいケースがあることもわかってきた。この実験で燃やしたのは「ろ紙」。ポイントは酸素の濃度だ。

 地上では、ものが燃える限界に近い16.5%の酸素濃度に設定すると、着火後すぐに火は消えてしまった。一方、宇宙船内(右)では、酸素濃度をさらに低い16%~15.5%にしても、燃え続ける場合があることがわかった。

 ここにも「空気の流れ」が影響しているという。空気の流れには、酸素を運ぶだけでなく、「火を吹き消す」作用もある。無重力の宇宙船内は地上と比べて空気の流れが弱いため、火が吹き消えずに持ちこたえたというのだ。

 実験を担当するJAXAの菊池政雄さんは、宇宙での火災を防ぐ上で、遅い流れの影響を考慮する重要性を指摘する。

 JAXA有人宇宙技術部門 菊池政雄さん 「材料によっては、地上では消えるような酸素濃度でも、宇宙船内では火が燃え続けることがわかってきた。実際の宇宙船内での火災安全性を考える上では、非常に低速の流れで材料が燃えるのか、燃えないのかを理解することが本質的に重要になってくる」

 宇宙で燃えにくい材料を

 今回の実験は、宇宙での火災を防ぐ対策にどうつながっていくのか。

 JAXAなどが目指しているのが、宇宙で使う材料の安全性を評価する国際的な基準づくりだ。火災を起こさないためには、宇宙船などに燃えにくい材料を使うことが重要になる。

 これまでは、NASA=アメリカ航空宇宙局の基準が使われてきたが、これは地上の試験で燃えやすさを判定するものだった。

 このためJAXAは、実験で難燃性の繊維や電線の被覆材なども燃やしてデータを集め、重力の影響を考慮した新しい基準づくりにつなげたいとしている。

 火を使う人類が宇宙へ

 アメリカが主導し、日本も参加する国際月探査プロジェクト「アルテミス計画」。今後は宇宙での有人活動の増加が見込まれる。

 2026年には宇宙飛行士が月面に行き、将来的には月面での長期滞在や火星の有人探査も見据えている。そうしたなか、今回の実験の意義について星出さんはこのように話した。

 星出彰彦 宇宙飛行士 「将来、より多くの人が宇宙に行く時代、より遠く月面や火星に行く時代に向けて、安全というキーワードは非常に重要な課題で、最優先されている。月面だと地球の6分の1の重力なので、火も含めていろいろな挙動が地上や宇宙ステーションとも異なり、新しい訓練や安全のシステムを考えると思う。それに寄与するいい知識が得られるのではないか」

 また、JAXAの菊池さんは、人類が将来的に宇宙で火を使うことに向けても、火の理解が重要だと話した。

 JAXA有人宇宙技術部門 菊池政雄さん 「火を使うというのは人間の1つの特徴的な点だと言われているが、この地球の重力環境で目にする現象しかわかっていない。無重力環境や月面のような低重力環境で、火がどう振る舞うのかを理解して、正しく使いこなせるようになることで、初めて宇宙に広がる人類として少しステージアップする。その第一歩だと思っている」

 火を安全に使いこなすことで進化してきた人類。宇宙での活動を増やそうとするいま、火に関する理解を深めることも重要になる。今回の実験が具体的な火災対策につながることを期待したい。

宇宙おもしろ実験図鑑
PHP研究所
2012-04-14



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