地中海のコルシカ島海底に謎のリング

 2011年、地中海コルシカ島の海底で謎のリング状の造形群が確認された。海に沈んだ古代遺跡だろうか?戦争中の爆撃の跡だろうか?様々な説が飛び交い大きな話題となった。

 正体を明らかにするため、地質学者、生物学者、深海ダイバーなど35人が集結、特殊な装置を用いた約4年にわたる海底大調査が行われた。水深約100メートル、海の生き物が織りなす絶景を凝縮した直径20メートルの円…それが数キロにわたって続いていた…。

 2011年9月中旬の晴れた暑い日。海洋生物学者のクリスティーヌ・ペルジャン゠マルティニは、研究用の全長30メートルの双胴船のキャビンにいた。船は、地中海に浮かぶフランス領コルシカ島の沖、約20キロを航行中で、窓の外では太陽の光を受け、紺碧の海が美しく輝いている。だが彼女の関心は、その下に広がる世界に向けられていた。

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 目の前には、船に搭載されたソナーシステムの画像を映し出すモニターがある。短い音波を連続的に発して、約120メートル下の海底の地形を調べているのだ。海洋科学者たちの1カ月に及ぶ任務は終わりに近づいていた。

 未だに謎の多い地中海

 地中海はギリシャ・ローマの古代史に何度も登場する舞台でありながら、その海底については謎が多い。

 約2億年〜約1億8000万年前、パンゲア大陸が南のゴンドワナ大陸と北のローラシア大陸へと分裂し始め, テチス海が誕生した。テチス海は現在の地中海の原型にあたり、古地中海とも呼ばれる。

 テチス海は、地殻変動が繰り返され現在のユーラシア大陸やアフリカ大陸が形成されていく中で、カスピ海や黒海を切り離す形でしだいに縮小した。

 中新世末期のメッシーナ期(7百万年前〜5百万年前)には一時的に大西洋との間で断絶が起き、596万年前から533万年前にかけてメッシニアン塩分危機が起こり、テチス海は塩湖化しながら縮小もしくは完全に干上がった時期があったことがわかっている。

 533万年前、再び大西洋とジブラルタル海峡で繋がると、200年以上かけて海水が流れ込むザンクリアン洪水によって、地中海が形成された。塩湖からの影響で地中海は現在も大西洋より塩分濃度が高くなっている。

 1300を超えるリングを発見

 ペルジャン゠マルティニは、海洋学者で夫のジェラール・ペルジャンや、コルシカ・パスカル・パオリ大学の大学院生を含む少数のチームとともに、この辺りの海底の地形図を作成してきた。単純な作業のようだが、実は地中海の海底地形は海洋学の大きな盲点の一つなのだ。

 西はジブラルタル海峡から、東はレバノンに及ぶ地中海の面積は約250万平方キロ。古代ギリシャのガレー船など、海上では昔からさまざまな船が行き交っていたが、海底は現代科学でもまだわかっていないことが多く、その大部分は深海との境界域に広がっている。

 深海採掘の企業が関心をもつには浅くて陸に近過ぎる一方、通常のスキューバダイビングでは潜れない深さだ。ペルジャン夫妻たちは、そうした海底に生息する生き物の調査を試みていた。海上を進む船のスクリーンには予想通り、ぼやけた白黒の画像が延々と映し出された。砂、小さな岩、そしてまた砂――ところが突然、とても奇妙な画像が視界に飛び込んできた。

 完全な円形をしたリングが、一つ、また一つと、いくつも続いている。どれも大きさはほぼ同じで、直径は20メートルほど。輪郭がはっきりしていて、驚くほど左右対称だ。さらに奇妙なことに、ほとんどのリングには、ちょうど真ん中に暗色の“点”がある。数十はありそうだ。

「一体何なのか、まったく見当がつきませんでした」とペルジャン゠マルティニは話す。チームは、慎重に位置を記録し、遠隔操作型の潜水機を使って撮影をすることにした。

 だが、謎は深まるばかりだった。動画を撮影したものの、視界が濁っていて、沈んだ貨物ではないという以上のことはわからなかった。

 リングの発見を2013年の学会で発表したときは、その正体についてまだ調査中だった。潜水艇を使った翌年の追跡調査でも、すべての疑問が解消されることはなかったが、そうこうするうちに、15平方キロほどの海底に1300を超すリングがあることが判明した。

 不思議なリングの正体は絶滅した古代化石

 調査の結果、フランス・コルシカ島沖の海底で発見された「不思議なリング」の正体は、約5億年前カンブリア紀の古生代の海で群生していた「絶滅した海綿動物(Archaeocyatha:アーキオサイアサ)」の化石だった。

 約4年にわたる科学調査の末、リングはかつてこの場所に生息していた「アーキオサイアサ」などの海綿動物が、円形や馬蹄形に成長して形成した群体(サンゴ礁のような構造)であることが明らかになった。地中海という現代の海において、太古の生態系がそのままの形で海底に残されていたという非常に珍しい。

 リングの中央には高さ1メートルの岩が存在しており、これが潮流を遮ることでカイメンの成長に適した環境を作っていたことが判明した。さらに、コルシカ島周辺で起きた約2万年にわたる気候変動と海面上昇の歴史が、この規則的な分布に関わっていることも明らかになった。

 絶滅した古生代の生物たち

 アーキオサイアサ(Archaeocyatha)は、約5億年以上前のカンブリア紀に生息していた、最古の多細胞性海綿動物の一種(古杯類)。石灰質の骨格を持ち、初期のサンゴのような円錐形や杯(さかずき)の形をしていたのが特徴だ。

 カンブリア紀の短い期間(約1,500万年間)に世界中の浅い海で大繁栄したため、地質年代を特定するための重要な示準化石となっている。

 アーキオサイアサは、中心の空洞に向かって小さな穴が無数に開いた二重壁の構造(フィルターのように海水をろ過して栄養を摂取していたとされている)をもつ。化石は、オーストラリア、北米、シベリア、南極大陸など。当時の地球の環境や、生命の多様性爆発(カンブリア爆発)の歴史を解き明かす鍵となる生物として研究されている。

 古生代の生物には絶滅した謎の生物が多い。例えばアノマロカリスは最大で2メートルに達したとされる、当時の食物連鎖の頂点に君臨した捕食者。円形の口と、獲物を捕らえるための大きなトゲ付きの腕を2本持っていた。

 ハルキゲニアは細長い体にトゲと触手を持ち、どちらが背中か長年論争になったユニークな奇妙生物。オパビニアは5つの目と、先端にハサミがついた長い鼻のような器官を頭部に持つ、非常に特異な形態の動物だ。ピカイアは現在の脊椎動物(背骨を持つ動物)の遠い祖先にあたるとされる、初期の原始的な脊索動物である。三葉虫も古生代の生物だ。