ウイルスは限りなく生物に近い存在

 ウイルスは生物かどうかはよくテーマになる。コロナウイルス、インフルエンザ、麻疹、これらの病気の原因はウイルスである。ヒトにとってもウイルスは身近な存在でありながら生物とはいえない。

 というのは、生物の定義に当てはまらないからだ。生物の定義は、細胞でできていること、代謝を行うこと、遺伝情報を持っていること。このうち遺伝情報をもっていることだけしか当てはまらない。

 しかし、これだけ身近にあるのだから、生物に関係が深いということだけは確かだ。限りなく生物に近い存在である。だが、生物ではない不思議な存在だ。(写真はアメーバ細胞に感染し、つくられたウイルス工場)

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 細胞核ウイルス起源説

 細胞には真核細胞と原核細胞がある。進化の過程で始めに登場したのは原核細胞で、その後、核をもつ真核細胞が現れた。我々ヒトなど多くの生物が真核細胞である。

 原核細胞は多くの細菌類に見られる構造であるが、生物がどのように核を持つようになったかは謎である。

 真核細胞には原核細胞にはない構造物が多数見られる。核以外にも葉緑体やミトコンドリアなどがあり、細胞小器官という。葉緑体やミトコンドリアなどは独自のDNAを持つことから元は別の生物であったものが、細胞の中に取り込まれたものであると考えられている。これを細胞内共生とよんでいる。

 細胞小器官の1つである真核細胞の「核」も別のものが細胞内に取り込まれた細胞内共生ではないかという説がある。それが細胞核ウイルス起源説である。2001年に フィリップ・ベル(Philip Bell)と東京理科大学の武村政春教授が独立して提唱した。

 ウイルスは宿主の細胞質内に自身のDNAを複製するための区画(ウイルス工場)を形成する。このウイルス工場が持つDNA保護の仕組みや構造体が、宿主のゲノムと統合・共存することで「細胞核」へと進化したと考えられる。

 ウイルスが宿主の遺伝子を取り込んだり、逆に宿主がウイルスの遺伝子を獲得(水平伝播)したりすることで、真核生物特有の複雑なシステムが構築されたと考えられている。

 巨大ウイルスの発見

 この仮説が発表されてから2年後、タンパク質生合成が可能な巨大で複雑なDNAウイルス(ミミウイルスなど)が発見されて研究が進み、ミミウイルスが、感染したアカントアメーバの細胞質に細胞核と似た大きさの巨大なウイルス工場を形成することが判明すると、両者には何らかの関係があるとして仮説も注目されるようになった。

 また、メドゥーサウイルスなどの巨大ウイルスは、真核生物に特有のDNAポリメラーゼやヒストン(DNAを折りたたむタンパク質)に非常によく似た遺伝子を持っていることも発見されている。

 近年のゲノミクス研究と複雑DNAウイルスの発見によりウイルスが真核生物の細胞核の発生において何らかの役割を果していたことが示唆されている。

 なお、ウイルスだけが生物を進化させたわけでは決してなく、「生物がこれほど多様な発展を遂げてきた仕組みのごく一部に、ウイルスによる作用があったというにすぎない」と武村教授は述べている。

 生物進化の長いプロセスのうち、「真核生物の誕生と進化においては、ウイルスが関与していた」という仮説である。

 巨大ウイルス

 巨大ウイルスとは、いわゆる"ふつうの"ウイルスよりも粒子のサイズやゲノムサイズ、遺伝子数が大きく、「一部の機能を欠いた細胞性生物」とも思えるほど複雑なしくみをもったウイルスの総称で、「核細胞質性大型DNAウイルス(NCLDV)」と呼ばれる大型のDNAウイルスの仲間。

 2003年に最初の巨大ウイルス「ミミウイルス」がヨーロッパで発見されて以来、数多くの巨大ウイルスが分離されてきた。日本からも、東京理科大学 武村教授を中心として、マルセイユウイルス科に含まれる「トーキョーウイルス」(東アジア・東南アジア地域ではじめて分離された巨大ウイルス)や、ミミウイルス科ウイルス、日本産パンドラウイルス、そしてどの系統にも属さないメドゥーサウイルスなどを水環境から分離した。一つの大きな特徴として、これらの巨大ウイルスのほとんどは、原生生物に感染する。

 巨大ウイルスが注目される理由は、そのゲノムの起源の"古さ"にある。巨大ウイルスの遺伝子を解析すると、その起源が真核生物の起源に近いところまで遡れることがわかっている。さらに、巨大ウイルスと真核生物の間では、これまで数多くの遺伝子水平移動が起こったとされ、とりわけメドゥーサウイルスと宿主であるアカントアメーバとの間には、そうした遺伝子が数多く存在することがわかっている。このように、巨大ウイルスの研究は、真核生物の進化の謎を紐解くカギとなると考えられている。

 細胞核の起源

 真核生物の進化の謎の中で、最も重要であるにも関わらず定説が存在しないのが、「細胞核の起源」である。これまでは「細胞膜が内側に陥入し、核膜となった」という説明が高校生物の教科書でもなされていたし、研究者もその考えに立脚して様々な細胞核起源説を提唱してきた。

 しかしこの説明では、(1)どのようなきっかけによってゲノムが核膜で包まれるようになったのか、そして(2)リボソームはなぜ細胞核の外側に排除されたのか、という細胞核の成立を説明するためになくてはならない2つの点を、満足に説明することはできていなかった。