世界最古の文字

 世界最古の文字は何だろう。それはメソポタミアで紀元前3350年〜紀元前3000年頃、ウルクなどの都市で、粘土板に葦(あし)のペンを使って絵文字を刻んだのが始まりとされる。これが発展して世界最古の文字体系である「楔形文字」となった。主に穀物の数や取引の記録に使われていた。

 ヒエログリフは、古代エジプトで紀元前3200年頃、メソポタミアの文字とほぼ同時期に誕生した、絵画的な美しさを持つ象形文字である。石碑やパピルスなどに記録として残された。

 一方中国では、亀の甲羅に刻まれたマークは、放射性炭素年代測定でおよそ紀元前1500年のものと推定されている。近年、賈湖契刻文字や半坡文字のような、紀元前6000年ごろにさかのぼる亀甲に刻まれた模様が発見されたが、刻まれた模様が文字と認定されるに十分な複雑さを持っているかどうかについては議論が繰り広げられている。

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 世界最古のアルファベット

 世界最古のアルファベットは、従来エジプト周辺で紀元前1900年頃に発明された「原シナイ文字」や「原カナン文字」とされてきた。しかし、最近の考古学研究により、シリアでさらに古い紀元前2400年頃の文字が発見され、起源が500年ほど遡る可能性が指摘されている。

 シリアの都市ウム・エル・マラ遺跡で、粘土円筒(紀元前2400年頃)が発見された。米ジョンズ・ホプキンス大学などのチームが墓から発見した指ほどの長さの粘土製円筒に、初期のアルファベットとみられる文字が刻まれているのを発見。これまで最古とされていた紀元前1900年頃の記録を約500年も更新する発見であり、一般の人々にも文字が広まりつつあった可能性が示されている。

 ウム・エル・マラは、古代近東で最も古い都市のひとつで、メソポタミアとアレッポの間の主要な交易路が交差する戦略的な位置にあった。ジョンズ・ホプキンス大学の考古学者のグレン・シュワルツ氏と遺跡コンサルタントのハンス・H・カーバーズ氏は、比較的研究の少ないシリア西部の社会の発展を理解しようと、1994年にこの遺跡を発掘し始めた。

 2000年代初頭、遺跡のなかでも一段高い場所でネクロポリス(巨大墓地)が発見された。青銅器時代初期の上流階級の墓で、日干しレンガでできた10基の墓と馬の墓があった。

「身分の高い人々の墓が、長年にわたってこの場所に集中して築かれていました。このような例はほかにありません」と、シュワルツ氏は話す。「上流階級の墓で、ここまで状態よく保存されているのは珍しいです。普通は、盗掘に遭ってしまいますから」

 2004年に、とりわけ状態の良い墓を発掘していたところ、6体の人骨と、陶器、銀器、青銅器など、この人々が非常に裕福だったことを示す遺物が大量に見つかった。そのなかから、エジプト学者のイレイン・サリバン氏は、粘土でできた4本の円筒を発見した。

 当時大学院生で助手として発掘調査に加わっていたサリバン氏は、最初目にしたとき、ただの泥の塊かと思って脇によけようとした。だがよく見ると、それらは人の手で作られたものであることがわかった。

 さらにサリバン氏とシュワルツ氏は、何か刻印のようなものがあることに気付いた。「そのときに初めて、文字かもしれないと思ったんです」と、シュワルツ氏は語る。

 第4号墓の下の階で発見された、石でできた目。紀元前2400年頃のもの。元々、木製の像にはめ込まれていたが、木の部分は朽ちてなくなったと考えられる。

 メソポタミアの楔形文字とは違う

 その文字らしきものは、それまでシリアで発見されたどんなものにも似ていなかった。この時代、この地域の文字体系として学者によく知られていたのは、メソポタミアが起源の楔形(くさびがた)文字だった。シリアの人々は、それを取り入れて自分たちの言語に適応させた。

 円筒に刻まれた刻印の謎を誰か専門家が解明してくれるのではと期待して、2006年にシュワルツ氏は、刻印の図を暫定的な報告書として公開することにした。

 学術誌「American Journal of Archaeology」に発表された報告書に対して、当初は何の反応もなかった。「ほかの人たちも、どうとらえていいのかわからなかったのだと思います」とシュワルツ氏は言う。

 そこで、自ら分析しようと、中東の各地で発見された数世紀後のアルファベット文字と比較してみた。すると、いくつか共通点があることに気付き、円筒に刻まれた文字らしきものもアルファベットなのではとの考えに至ったという。

 何の反応もなく自ら分析

 2010年の論文で、シュワルツ氏は刻印が文字である可能性を示唆し、アルファベットを含めいくつかの可能性を提示した。しかし、このときも反応は薄かった。2019年に、今度はイタリアのミラノで開催された古代文字に関する学会に招かれ、そこでこの研究を発表することにした。

 学会での発表後、シュワルツ氏は論文を専門家に送った。すると、米ジョージ・ワシントン大学の古典学および近東学部長のクリストファー・ロールストン氏と、マサチューセッツ州にあるブランダイス大学の近東およびユダヤ研究学助教のマダド・リッチー氏から、シュワルツ氏の説を支持するという返答があった。

 何のために、何が書かれたのか

 第4号墓の上階で発見された4本の円筒は、人間の指ほどの大きさで、粘土を軽く焼いて作られていた。ジョンズ・ホプキンス大学のセム語学および歴史学者のテッド・ルイス氏は、1本の円筒に書かれた文字が「シラヌ」と読めると考えている。これは名前のようであり、円筒は贈り物につける札として使用されていた可能性がある。

「円筒には穴が空けられていたため、この穴に紐を通して、ラベルとして何か別のものに結び付けられていたと想像できる。器の中身か、それがどこから来たのかが書かれていたのかもしれない。ただし、翻訳する手段がないので、推測の域を出ない」とシュワルツ氏はプレスリリースで述べた。

 放射性炭素分析により、円筒は紀元前2400年頃の青銅器時代初期に作られたことがわかった。現在知られている最古のアルファベット文字よりもさらに500年も古い時代だ。

 発祥の地の定説も変わる可能性

 19世紀の学者たちは、アルファベットの起源が、紀元前1050年前後のフェニキアにあると考えていた。ところが1905年、英国人のエジプト学者ウィリアム・フリンダース・ピートリーが、エジプト、シナイ半島南西部のサラービート・アル・ハーディムで、原シナイ文字の刻印を発見した。

 1950年代の米国人聖書学者ウィリアム・F・オルブライトなど後の研究者たちは、これがセム語族の言語で、アルファベットであることに気付いた。年代は紀元前1800年頃と特定され、フェニキア人の言語よりも前にアルファベットが存在していた証拠となった。

 ウム・エル・マラの発見は、アルファベットの出現がシナイ半島の文字よりもさらに500年も早く、しかもその発祥地すらも、従来考えられていた場所ではなかった可能性を示唆している。

「これまでの常識が覆るような発見は、受け入れられるのに時間がかかります」。ロールストン氏はそう話し、今後さらに多くの文字、できれば長い文章が発見されれば、合意形成に役立つだろうと期待する。

最古の文字なのか? 氷河期の洞窟に残された32の記号の謎を解く
ボン・ペッツィンガー,ジェネビーブ
文藝春秋
2016-11-10


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