DNAと染色体

 卵と精子が受精し受精卵ができるとき、卵核と精核はすぐに一つにならず、ゲノムが別居(別々に存在)しているが、これが遺伝子発現を調節する「ヒストン修飾」を維持し、高い発生能力につながるということがわかった。研究グループは理化学研究所、神戸大学、九州大学で構成。成果は英科学誌「ネイチャー」電子版に5月30日に掲載された。

 DNAは、遺伝情報を保存し、細胞の活動を指示する設計図。細胞内で複製され、親から子へと遺伝情報を伝達する。

 DNA(デオキシリボ核酸)は、糖(デオキシリボース)とリン酸と塩基からなるヌクレオチドが多数結合した一本鎖DNAが、二本結合した二重らせん構造を持つ分子で、塩基は4つの種類、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)からなる。

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 遺伝子は、DNA分子の中に存在し、特定の順番で並んだ塩基配列から構成されている。DNAは二重らせん構造の中の塩基は、AとT、CとGのペアで結合して二重らせんを形成している。

 遺伝子の正体は塩基配列にあり、A、T、C、Gの特定の配列順によって決まる。この配列はタンパク質を合成するための情報を保持している。

 染色体は、DNAがタンパク質(ヒストン)と結合して緻密に折りたたまれたものである。ヒトの細胞には46本の染色体がある。染色体の役割は、細胞分裂の際にDNAを適切に分配する。遺伝子を含む多数の遺伝子が連続して存在する。

 受精卵に核が2つ

 哺乳類の受精卵では、父母それぞれに由来するゲノム(全遺伝情報)が別々に存在する。哺乳類の受精卵でゲノムは当初、父由来、母由来のものが別々の核に入っている。最初の細胞分裂の段階になって、両者が1つの核に収まる。

 受精卵で、すぐに1つの核になるのではなく、最初の分裂で1つの核になるという。この“新婚ホヤホヤの別居”にどんな意義があるのかは、よく分かっていなかった。

 理化学研究所などの研究グループがマウスの実験で、人工的に2つのゲノムを1つの核(前核)にまとめたところ、その後の発生能力が低下することがわかった。

 哺乳類の受精卵でゲノムは当初、父由来、母由来のものが別々の核に入っている。最初の細胞分裂の段階になって、両者が1つの核に収まる。すぐに1つの核に入るのではなく、この“新婚ホヤホヤの別居”にどんな意義があるのかは、よく分かっていなかった。

 ヒストン修飾に差

 研究グループはマウスの精子と卵子を使い、両者のゲノムを人工的に1つの核にまとめた受精卵を作った。すると、この核が通常より大きくなり、また「ヒストン修飾」と呼ばれる、核内でDNAが巻きついたタンパク質「ヒストン」への化学物質の働きが低下した。ヒストン修飾は、遺伝子発現を調節する重要な役割を持つ。

 父または母の核のどちらか1つだけを持つ受精卵を作ると、やはり核は大きくなった。一方、受精卵を満たす細胞質の量を減らすと核は小さくなり、増やすと大きくなった。このことから、核は細胞質の成分を取り込んで成長しており、その量によって大きさが変わることが分かった。

 核の内外の成分の移動は、核膜に開いた小さな穴「核膜孔」で起こる。分析により、父由来の核では母由来のものより核膜孔が多く、成分を速く取り込むことが判明した。

 こうした結果を踏まえ、研究グループは次の2つを仮定した。(1)2つの核が競合し、細胞質の成分を取り合いながら成長する、(2)核膜孔の父由来、母由来の違いで成分を取り込む能力が違い、競合により核の大きさが決まる――。これに基づきコンピューターでシミュレーションをすると、父由来の核は母由来のものより成長が速いなど、実験で見られた現象の通りになった。

 核が1つしかない受精卵は、子になって生まれる割合が低下した。核が1つのものに2つ目を一時的に足して競合させると、核の大きさが抑えられ、ヒストン修飾が回復し、生まれる割合も回復した。ヒストン修飾を高める薬剤処理や遺伝子発現操作によっても、生まれる割合がある程度回復した。

 研究チームは一連の結果から、受精卵では父母のゲノムが2つの核に分かれているため、細胞質の成分の取り合いになり、核の大きさが適切になることを突き止めた。こうしてヒストン修飾が保たれ、その後に胚へと成長する能力が支えられているようだ。ゲノムの“別居”が、発生に重要な役割を果たしていることが明らかになった。

 今後は、ヒトなど他の哺乳類での検証や、核が大きくなるとヒストン修飾が低下する具体的な仕組みの解明が研究課題となる。

 生命の始まりはいつ

 不妊治療では、核が1つの受精卵が一定割合で観察されるという。今回の成果は、この性質に関する基礎的な知見とはなったが、マウスを使った基礎研究であり、ヒトへの適用には慎重な検討が必要だとしている。

 研究グループの神戸大学大学院農学研究科の京極博久准教授(発生生物学)は会見で「これまで、核の多い状態自体に意味があるとは思われていなかった。しかし、実はヒストン修飾を維持するためだった」と説明した。

 理研生命機能科学研究センターの北島智也チームディレクター(細胞生物学)は「命の始まりがどこかは、根本的な問いだ。受精の瞬間という人も、父と母のゲノムがくっつく時という人も、着床の瞬間という人も、堕胎が許されるか否かのところという人もいると思う。この研究は当然、その定義を統一するものではないが、一つの新しい考え方をもたらすものだ。

 受精はしたが、父と母のゲノムはまだ出合ってはいない段階。それでも、実際は競争する形で遠隔でコミュニケーションをして、それが子の発生を助けている。命の始まりを考える上で、とても興味深い仕掛けを見つけた」と話した。



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