富士山のオーバーツーリズム

 富士山ではコロナ後の登山者数の回復に伴い、特定ルートへの集中や安全面のリスク、ごみ・マナー問題などが同時に表面化している。2023年の夏時点では登山者数は約22万1千人まで回復し、コロナ禍前の水準に戻りつつある。

 なかでも吉田ルートは4つある登山ルートの中で最も利用者が多く、2023年シーズンの登山者数は13万7,236人に達した。本八合目以上や未明の山小屋周辺では、ご来光を目指す登山者が滞留しやすいことも指摘されている。

 安全面では、弾丸登山や軽装登山も課題になっている。必要な休息や装備が不十分なまま登ることで、体調不良や事故につながるおそれがあり、山梨県側の救急搬送件数は2023年に46件確認されている。(写真は2019年5月22日エベレストの頂上付近)

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 他にも、ごみやマナーの問題が増加しており、登山道だけでなく富士吉田市周辺でも、ごみ投棄が課題となっている。

 その対策として、入山料の義務化、1日の登山者数の制限、入山の制限が行われている。

 山梨県側の吉田ルートに加え、静岡県側の各ルート(富士宮・御殿場・須走)でも一律4,000円の入山料・通行料が義務化されている。山梨県吉田ルートでは混雑緩和のため、1日の登山者数が4,000人に制限されており、Webを通じた事前予約・事前決済が導入されている。

 山小屋宿泊者を除き、午後2時から午前3時までの夜間入山が禁止され、無謀な弾丸登山(夜通しで山頂を目指す行為)を抑止している。

 富士山は2013年6月世界文化遺産に登録されたが、エベレストは1979年に世界自然遺産に登録されている。その世界遺産に富士山と同じオーバーツーリズムが問題になっている。

 エベレストのオーバーツーリズム

 エベレスト南東稜の第4キャンプを出て1時間後、シェルパのパヌルと私は最初の遺体に出くわした。雪の中に横たわり、昼寝でもしているようだ。頭は半ばフードに隠れ、登山服のところどころに空いた穴からは、はみ出た羽毛(ダウン)が風に吹き飛ばされていた。10分後には、カナダ国旗に包まれた遺体に遭遇。旗には使用済みの酸素ボンベが、重石(おもし)代わりに載せてある。

 パヌルと私は急斜面に固定されたフィックスロープを伝って、のろのろと登っていた。前にも後ろにも見知らぬ登山者がぎっしりと並ぶ。前日、第3キャンプにいた登山者はそう多くなかった。だが一夜が明けると、おびただしい数の人々が長蛇の列をなし、テントのそばを歩いていた。その光景に、私たちは呆然(ぼうぜん)とした。

 今や私たちは標高8230メートルの高所で、ほかの登山者と接触しそうな過密状態のただ中にいる。これでは体力や能力と無関係に、全員が同じペースで前進を続けるしかない。真夜中近く、見上げると、一列に連なったヘッドランプの光が暗黒の空へと続いていた。眼前にそびえる斜面を100人以上がゆっくりと登っていく。ある岩場では、ひどく曲がった1本のスノーピケットが氷に打ち込まれ、くたびれたロープを支えていた。このロープを頼りに、少なくとも20人が登攀(とうはん)中だ。万が一このピケットが抜けたら、全員が転げ落ちて死ぬだろう。

 パヌルと私は混雑したロープを離れ、登山ルートの横に広がる氷原を登り始めた。経験を積んだクライマーにはこの方が安全だ。20分後、また別の遺体に遭遇した。体にロープをつけたまま凍りつき、うつろな目を見開いて座り込んでいる。そして数時間後に最後の難関、高さ12メートルの岩壁「ヒラリー・ステップ」の手前で、4番目の遺体の近くを通り過ぎた。凍ったひげ面は灰色に変色し、絶命の苦しみを訴えるかのように口を開けていた。

 標高8500メートルでの順番待ちとは

 ネパールの登山家ニルマル・プルジャ氏が2019年5月22日に撮影したエベレスト渋滞の写真は、瞬く間に拡散した。頂上付近の尾根で何百人もの登山者が渋滞し、ほぼ途切れのない列を作っている写真だ。そして、多くの犠牲者が出たことと渋滞を結びつける議論に一気に火が付いた。

 問題は翌日である5月23日、ジョンズ氏は登山ツアー隊の登頂を手伝っていた。「2人の登山者の後ろに50人の列ができていた。それが、私たちが出くわした唯一の問題でした」と同氏は話す。

「その2人は、進むことも後ろの人を通すこともしなかったのです」。ジョンズ氏の推定では、約2時間も待っていたという。

 長年エベレストについてのブログを書いてきたアラン・アーネット氏は最近、エベレストでの今シーズンの死者11人のうち5人が混雑によるものかもしれないと投稿した。

「下山するまでの十分な酸素がないにもかかわらず山頂を目指し続けるというのは、お粗末な決断です」とジョンズ氏の同僚ガイド、エリック・マーフィー氏は話す。「順番待ちをしている時には酸素の流量を少し下げ、使い果たすことのないようにしています」と同氏は、エベレスト山頂付近で必要な酸素を確保する方法を説明する。

 同氏によると、行列の動きが遅いのは、何よりもリーダーシップの問題だという。「遅い登山者にシェルパが付いているなら、本当はそのシェルパが『人が通れるように脇に寄って少し休みましょう』と言うべきなのだ。しかし、それは多くのシェルパにとっては、責任が重すぎるのです」と同氏は話す。

 登山技術の微妙な差も移動速度を遅くしていると、マーフィー氏は指摘する。「平らな地形であっても、すべてのロープに登高器を取り付ける人もいるのです」と同氏は話す。登高器とは、固定ロープに取り付け、登山者の滑落を防ぐ道具だ。地形が平らな場合、通常のカラビナの方が速く、比較的安全でもある。登高器の付け外しには10~15秒かかる。「カラビナよりも、遅い方法なのです」

「混雑がニュースになりましたが、問題は登山者の経験不足なのです」と経験豊富なガイドで、ナショナル ジオグラフィック協会が率いる科学チームの一員でもあるマーク・フィッシャー氏は話す。「自己管理や効率的な登山技術、環境への適切な準備などを知らないようでした」

 山頂付近の登山者数に影響を与えたもう1つの問題は、天候だ。例年、エベレストでは、登山者が登頂を目指せる比較的穏やかな天候の日が、5月に10~15日間ほどある。しかし、今シーズンはサイクロンの余波を受け、シェルパ隊が登山者のためにあらかじめ設置する固定ロープの完成が数日遅れた。5月14日に登山ルートが山頂まで開通した後も、天候が安定せず、登頂に適した期間がさらに短くなった。

 5月19日ごろには、天気予報が完全に変わった。それまで最高の条件だと考えられていた5月24日が、最悪の条件に突如変わったのだ。風速が30メートルに達するとも予想されたため、多くの登山隊は5月22日か23日までに登頂に挑戦するよう日程を変更した。

 ラッシュアワーを避けるという新たな戦略

 2019年シーズン登頂者数の点では、記録的なシーズンだろう。ネパール政府が最多記録となる381通の許可証を発行したほか、許可を受けた登山者およそ140人がチベットから登頂を目指した(山で働くプロのシェルパは、この集計には含まれていない)。

 アラン・アーネット氏の報告によると、シェルパを含めた2019年の登頂者の非公式記録は700人を超えるという。最多記録は802人で、2018年に樹立された。

 中国は、許可証の発行数をはるかに少なくすることで、中国側のエベレスト混雑の問題を最小限に抑えている。

 ジョンズ氏は、一部のガイドサービスの質にも言及する。「エベレストについて概観したとき、私が最大の問題と考えるのは、経験の浅い人や実力のない人を引き受けて登山させる地元企業です。関係者は耳を塞ぎたいでしょうけれど」

 今年8000メートル峰で亡くなった21人の登山者のうち15人は、国際ガイドサービスの顧客ではなく、ネパール人が主催した登山隊の顧客だった。

「私たちは、どうやって混雑を避けるか、常に戦略を立てています」と同氏は説明する。「キャンプを発つ時間を数時間早くまたは遅くすると、まったく違う一日にできるのです。これがエベレストに関する決断のもう1つの面です。欧米のガイドサービスは互いに連絡を取り合っていますが、その他の事業者は違います」

 これはデリケートな問題だ。ネパールの登山産業は儲かるため、欧米のガイドが長く独占してきた。ネパール人オーナーの企業が大きく進出し始めたのは、わずか過去10年ほどのこと。主に外資系企業よりも料金をはるかに低くすることで、顧客の望みに応えたのだ。

 混雑が直接の死因ではないとしても、登頂に要する日数が長くなりリスクが増す原因であることに疑問の余地はない。エベレスト登山の力学を完全に変えてしまったのだ。

 エベレストの渋滞は許容できない

 今シーズン、ネパール側からエベレストに挑んだドイツの登山家デイビッド・ゲトラー氏は、無酸素登頂を試みたが、結局、山頂まで200メートルの所で引き返さざるを得なかった。混雑によるリスクを許容できないと同氏は判断したのだ。

「たとえ今すぐ下山したいと言ったとしても、ほかのすべての下山中の人の列に並ばなければならないのです。体を暖かく保つのに十分な速さで動くこともできません」と同氏は説明する。「それは取るつもりがなかったリスクであり、大惨事につながる可能性が非常に高いものだったのです」

 ゲトラー氏はこう続ける。「期待していたのは体験です。エベレストに行って、混雑や技術に不平を言うのは本意ではありません。私たちプロが、こうした場所の探索がいかに素晴らしいかということを、世界に伝えているのです。当然、混雑するでしょう」

 ベン・ジョンズ氏もエリック・マーフィー氏も、10年以上もの間、顧客と共にエベレストに登ってきたことに触れ、否定的な報道が続いていることを嘆く。「人間関係を築けば、その目標を達成するうえで培った友情は特別なものになります」とマーフィー氏は語る。

「家に帰ると、友人や家族から、現地で何が起きているのかを聞かれます。彼らが耳にするのは、毎年報道されるこうした否定的な内容ばかりだからです。しかし、それは真実ではないと私は思います」とジョンズ氏。「登山で悪い結果を招くのは、1つの決断ではなく、判断ミスを重ねることなのです」



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