世界の名器「ストラディバリウス」
「ストラディバリウス」と呼ばれるバイオリンは、卓越した職人技と音色で有名だ。17~18世紀にイタリアの弦楽器製作者アントニオ・ストラディバリが作った一連のバイオリンは、その名声ゆえに高額で取引される。
「ストラディバリウス」とは、ストラディバリが製作したバイオリンなどの楽器を指す総称である。ストラディバリが黄金期(1700~1725年頃)に作った「バロン・ヌープ」は、2025年に2300万ドル(約37億円)で落札された。
「ストラディバリウス」はヴァイオリニストや収集家の羨望の的であり、しばしばオークションにおいて高額で落札される。日本人では高嶋ちさ子がルーシーを2億円で購入、千住真理子がデュランティを2-3億円(正確な金額は非公表)で購入している。(写真はストラディバリが「1714年」に製作した「ヨアヒム・マ・ストラディバリウス」)

素晴らしい音色を生み出す要素の一つが、表板だ。弦をこすると、表板が振動して音が増幅される。表板に使う木材の密度、堅さ、均一性がすべて音質に影響を与え、音の豊かさ、輝き、表現の幅を生み出す。
謎だった「ストラディバリウス」の木材の産地
しかし、ストラディバリが表板に用いた響きの良い木材の産地は、長らく謎に包まれていた。
ある有名な伝説によると、一人のバイオリン職人が、イタリアの山奥の森で小屋を建てている男に取引を持ちかけた。職人は楽器作りにうってつけの木を見つけたという。その木は他で使うことが決まっていたが、交渉の末、小屋を建てていた男はその木材を高額で職人に売り渡した。それが音楽史の一部となったというのだ。しかし、このやり取りが行われたとされる場所は定かではなく、スロベニアやスイスの森でも、そっくりな話が伝わっている。
このほど、ストラディバリが製作した数百丁のバイオリンを対象に、使われている木材の年輪が新たに分析された。その結果、イタリアの伝説には一定の真実が含まれている可能性が示された。
ストラディバリウスの黄金期(1700~1725年頃)の木材(表板)の産地は、年輪分析によりイタリア北東部のドロミテ周辺の森であることが判明した。
北イタリアの世界遺産ドミステの森
ドロミテ(ドロミーティ)は、切り立った岩峰と豊かな針葉樹の森、そしてエメラルドグリーンの湖が織りなす世界遺産の山岳地帯 。夏はトレッキングやハイキング、冬はスキーの聖地として知られ、ヨーロッパ有数の大自然を満喫できる。ドロミテ周辺には、息を呑むような大自然を体験できる美しい森や湖、自然公園が点在している。
そして、バイオリンの木の種類は、表板にはマツ科のトウヒ(スプルース)が、裏板・横板などにはカエデ(メイプル)が使用されていることが判明した。(写真は北イタリア ドロミテの森)

ストラディバリが活躍した時代は「小氷河期」にあたり、寒さで木の成長が鈍化したことで、密度が高く均質で目の詰まった理想的な木材が育った。
16世紀から19世紀まで、北半球は長く続く厳しい寒さに見舞われた。この期間は「小氷期」と呼ばれているが、米航空宇宙局(NASA)の定義によると、小氷期は1550年前後に始まり、温暖な時期を挟んで寒さのピークが3回、1650年と1770年、1850年に訪れたとされている。
小氷期は、本物の氷河期とは違う。平均気温はおそらく0.5℃低下しただけで、寒さがずっと続いていたわけでもない。「小さな小氷河期」が繰り返し起こっていた時代だったと説明されている。
かつては「ストラディバリがイタリア山奥の木を買い占めた」という伝説があったが、近年の科学調査でその地域の木材が実際に使われていたことが証明された。
この木材は現在の気候では手に入らない希少なものであり、名器の特別な響きを生み出す重要な要素の一つと考えられている。
ストラディバリウスは、今でも世界一なのか?
ところで、材質が良いものとはいえ、現在の技術でつくられたものが300年も前の楽器より劣ることがあるのだろうか。
これについては、音色に関するブラインドテストが行われていて、ストラディバリウスは1/100の値段で取引されている現代の新作楽器に劣っているという実験結果が報告されている。
フランス・ソルボンヌ大学の音響物理学のClaudia Fritzや弦楽器制作家のジョセフ・カーティン、ダダリオの技術開発ディレクターのファン・タオらを中心とする国際研究グループによって論文が作成されている。
最初の実験はインディアナポリスで2010年9月に開催された第8回ヴァイオリンコンクールで実施され米国科学アカデミーに発表された。23人のプロ演奏家が、20台のヴァイオリンから「音色」「音の伝達性」「演奏しやすさ」「演奏への反応性」の4点について評価を行い、上位の4台を選出するテストだった。
テストの度に、最も悪いと感じた楽器にはマイナスポイントが与えられた。しかし実際に用意されたのは新作楽器3台と2台のストラディバリウスと1台のグァルネリの合計6台で、同じ楽器を違う楽器と偽って複数回演奏させることで判断の精度を高める工夫がされた。
演奏者は溶接用のサングラスをかけて何を演奏しているか視覚的に判断できないように二重盲検査試験で実施された。楽器の違いも感じ取れないように顎当ての下に僅かな臭いがする物体を取り付けた。各楽器は貸し出されたままの状態で、一般的な弦が使用された楽器であった。
21人の被験者には、コンテストの出場者が4人、コンテストの審判者2人、インディアナポリス交響楽団のメンバーが含まれ、19人がプロを自称し、10人が音楽の博士号を持ち、出場者4人のうち2人はこのコンテストに入賞した。
テストの結果、最も優れた楽器として新作楽器が選ばれ、最も悪い楽器とされたのは1700年に制作されたストラディバリウスであった。具体的な順位は、「新作楽器2・新作楽器3・ガルネリ・ストラディバリウス1715年・新作楽器1・ストラディバリウス1700年」の順であった。
最も悪い楽器であるとして多数の演奏者からマイナス評価を得た1700年のストラディバリウスは、長年に渡り数多くの巨匠がコンサートやレコード録音で度々使用されるという輝かしい経歴をもつ楽器であった。
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