ノーベル化学賞 受賞者 白川英樹さん死去 90歳

「プラスチックは電気を通さない」というそれまでの常識を覆して電気を通すプラスチックの開発に成功し、ノーベル化学賞を受賞した筑波大学名誉教授の白川英樹さんが、8月24日横浜市内の病院で亡くなった。

 90歳だった。白川さんは東京生まれで、子どものころ岐阜県高山市に移り住み、高校卒業までを過ごした。いまの東京科学大学、当時の東京工業大学を卒業し、母校の研究所やアメリカの大学で研究に取り組んだあと、筑波大学の教授を務めた。

 白川さんはアメリカで研究員を務めていた当時、電気を通す性質を持つプラスチックの開発に世界で初めて成功し、「プラスチックは電気を通さない」という当時の常識を覆した。

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 こうした業績から共同研究したアメリカの研究者2人とともに、2000年に日本人として2人目のノーベル化学賞を受賞した。

 白川さんが開発した電気を通すプラスチックは、スマートフォンのタッチパネルなどの製品に使われている。

 その後は政府の総合科学技術会議の議員として科学技術政策の立案に携わったほか、子ども向けの実験教室を各地で開き、科学の魅力を伝える活動に取り組んでいた。

 筑波大学などによると、白川さんは8月24日、横浜市内の病院で亡くなったという。

 ノーベル化学賞受賞 野依良治さん「謙虚で誠実な方」

 白川さんがノーベル化学賞を受賞した翌年の2001年に同じ賞を受賞した野依良治さんは、20年以上の交流があったとし「本当に残念だ。大変寂しい思いをしている」と話した。

 白川さんの人柄については「本当に謙虚で誠実な方だという印象を持っている。あまり厳しい議論などをする方ではなく、静かに、そして深く考え、研究者としての誇りを持ち続けられた方だと思う」と振り返った。

 そして、白川さんが理科教育、特に実験教育に力を注いでいたことについて「いろいろなところに出かけてご自身で白衣を着て生徒たちを指導されていた。これはなかなかできることではなく、本当になすべきことを率先してやられる方で、大変敬意をささげたいと思っている」と話していた。

 ノーベル化学賞受賞 吉野彰さん「産学連携のモデルケース」

 2019年にリチウムイオン電池の開発でノーベル化学賞を受賞した旭化成名誉フェローの吉野彰さんは文書でコメントし「白川先生のご逝去を知り、深い悲しみを覚えています。先生の大学での基礎研究を出発点に、私は企業で電池の研究開発に取り組み、リチウムイオン電池の基本構造の開発へとつなげました。大学での基礎研究が、企業の研究開発を通じて実用化へつながった産学連携の一つのモデルケースだったと思います」などとしている。

 また、白川さんが力を注いできた子どもたちに科学の面白さを伝える実験教室に協力したことを振り返り「科学の可能性を切り拓き、その面白さを次の世代へ伝え続けた白川先生を失ったことは、私にとって本当に大きな悲しみです。心よりご冥福をお祈り申し上げます」などとコメントした。

 ノーベル物理学賞受賞 江崎玲於奈さん「科学技術の発展に貢献」

 筑波大学の元学長で、1973年にノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈さん(101)は、NHKの取材に対し「白川さんが亡くなり、大変残念に思います。非常にシャープな視点で今後発展するであろう新たな分野を開拓していき、後進の育成とともに科学技術の発展に貢献してくれました。心からお礼を申し上げたい」と話していた。

 共同研究などで親交 吉野勝美さん「ささいな発見 見逃さず」

 白川さんと共同研究などで40年以上の親交があった大阪大学名誉教授の吉野勝美さんは、「数年前にお会いした時もお元気そうだったので、ショックです」と話していた。

 これまで、白川さんが若い学生の報告を真剣に聞く様子を何度も目にしてきたということで「本当に人柄がよい方でした。常識外れのことでもささいな発見を見逃さず、面白い結果が得られるかもしれないと研究に取り組む姿勢が印象的でした」などと振り返った。

 そして、白川さんが長年取り組んできた子ども向けの実験教室について「実験教室がきっかけで進路を決めた女の子もいて、白川さんには研究の面白さを伝える才能もあったと思います。この活動がずっと続くと思っていたので残念です」と話していた。

 白川さんの元同僚 住斉さん「フレンドリーで謙虚な人だった」

 白川さんの同僚だった筑波大学名誉教授の住斉さん(83)は、岐阜県高山市内の自宅で取材に応じ、「自分の存在をアピールすることのない謙虚な人だった」と振り返った。

 白川英樹さんは小学校から高校卒業まで高山市で過ごしました。同じ高山市出身の住さんは、白川さんの人柄について「フレンドリーで誰とでも自由に話す人だった。自分の存在をアピールすることのない謙虚な人だった」と振り返った。

 白川さんの研究については、「プラスチックに電気を通したことに驚いた。化学出身でありながら物理学に対する造詣も深かった」と話した。

 また、筑波大学では居室が3つ隣だったということで「高山市にある城山など、お互いの子ども時代の遊び場の話をよくした」と懐かしんだ。

自然に学ぶ
白川 英樹
法藏館
2020-01-15