光を伝える物は何か?
水面の波を伝えるものは何だろう?そう水。水の運動が波(横波)となって伝わり周囲に広がっていく。
音を伝えるものは何だろう?そう空気。音の正体である物質の振動(縦波)は空気などの物質を伝わり、最終的に耳の鼓膜をも振動させるので、音が聞こえる。
では光を伝えるものは何だろう?
正解は「空間」。100年ほど前までは波や、音のように、水や空気などの波を伝える物質があって伝わるものだと信じられていた。その物質のことを「エーテル」と呼んだ。

光も音の波や水面波と同様に「波」であることは200年も前のヤングの干渉実験(1805年)で証明されていた。光が波であるならば、それを伝える物質があるはずだと考えるのは自然な流れだった。
1881年に、アメリカの物理学者マイケルソンは、自身のつくった干渉計で「エーテル」の存在を証明するために実験を行った。1887年には物理学者エドワード・モーリーとともに、再度実験を行っている。
その原理は意外に簡単である。光源から出た光を分光器で東西方向と南北方向に分ける。分けられた光はその先に置いてある鏡に反射し、戻ってくる。戻ってきた光を干渉させるしくみだ。
当時、光を伝える「エーテル」は宇宙空間全体に存在すると考えられていた。地球は太陽のまわりを、西から東の方向へ30km/秒の速度で公転している。光の速度は30万km/秒なので、東西方向と南北方向の光の速度には少し差ができると考えられた。このため、2方向の光には干渉波ができるはずだったが、何度実験しても、光の速度はぴったり一致したのであった。これは予想外のこと。
このことは、地球が動いていようといまいと、光の速度はどの方向からも同じ速度で伝わることを意味する。天動説が正しく、地球が「エーテル」の中で静止していて、宇宙全体が動いているのならば、話が合うが、地球が動いている地動説は周知の事実だ。この結果、「エーテル」は存在しないことになり、物理学者達を騒然とさせ、大きな混乱を招いた。
この結果に対してマイケルソンは不満だったようだが、アインシュタインは、これが大きな拠り所となり「光速不変の原理」を打ち立て、1905年、特殊相対論を構築することになる。1906年マイケルソンは「干渉計の考案とそれによる分光学およびメートル原器の研究」によってノーベル物理学賞を受賞した。これは初のアメリカ人による科学部門の受賞であった。
光そのものに対する謎は未だ解明されていない。なぜ、光は速度が不変なのだろうか?なぜ、光はいろいろなところを伝わるのだろうか?なぜ、光は質量を持たないのだろうか?科学の謎はつきることはない。(参考HP Wikipedia・ほしのかけら・相対性理論の否定他)
エーテルとは何か?
エーテル(Aether)は、19世紀以前の物理学で、空間に充満していると仮想されていた物質。イーサー(Ether、Aether)ともいう。
空間に何らかの物質が充満しているという考えは古くからあったが、17世紀以後、力や光が空間を伝わるための媒質として、エーテルの存在は重要な仮説となった。 ルネ・デカルトは、惑星がエーテルの渦に乗って動いていると考えた。また、クリスティアン・ホイヘンスが光の波動性を説明する際にエーテルを用いた。
19世紀、ジェームズ・クラーク・マクスウェルが電磁気学を確立し、電磁波の存在が予言され、その後ハインリヒ・ヘルツの実験により電磁波の存在が確認されると、電磁波の媒質であるエーテルの存在も否定しがたいものと思われるようになった。
しかし、マイケルソン・モーリーの実験により事態は一変した。 1880年代、マイケルソンとモーリーは、静止したエーテルに対する地球の速度を測定するため、地球の進行方向と直交方向で光の速度を比べる実験を行った。
ところが、いくら測定しても速度差を見出すことができなかった。(光速度不変の原理) この実験の後、1905年にアルベルト・アインシュタインが特殊相対性理論を発表した。
現在では空間そのものが力や光の媒質であると考えられており、エーテルの存在を仮定する必要はなくなっている(空間が光の媒質であるという意味では、空間そのものがエーテルであるともいえる。アインシュタイン自身によって相対論的エーテルという用語が用いられたケースもある)。(出典:Wikipedia)
アルバート・マイケルソン
アルバート・エイブラハム・マイケルソン(Albert Abraham Michelson, 1852年12月19日 - 1931年5月9日)は、アメリカの物理学者。光速度やエーテルについての研究を行った。
ポーランド(当時はプロシア領)で生れ、2歳の時に両親とともにアメリカへ渡った。1869年、アナポリスの海軍兵学校に入学し、1873年の卒業後は海軍に務め、兵学校の物理学の教員となった。その後、ヨーロッパで二年間学び、光速度の測定に関心を抱くようになる。1881年に海軍を辞したマイケルソンは大学の物理学の教職に就いた。
マイケルソンは光速度についての研究を始め、1881年にはマイケルソン干渉計を発明し、エドワード・モーリーとともに、当時光の媒質として仮想されていたエーテルを検出するため、公転運動する地球とエーテルの相対運動による光波の干渉を検出する実験を繰り返した(マイケルソン・モーリーの実験)。ところが、もしもエーテルが光の媒質として存在するのなら当然生じるはずの干渉現象が見出されず、この実験は「エーテルの検出」という意味では失敗に終わった。
しかし、このことはあらゆる方向に運動する物体から観測する光速度は常に一定であるという「光速度不変の原理」の発見につながり、のちにアルベルト・アインシュタインの特殊相対性理論の根拠となった。そのため、極めて意義の大きい失敗と言える。
また、マイケルソンは正確な光速度を求める実験を繰返し、丹念な測定によって彼の算出した数字は当時の最高精度を誇った。
1881年 “マイケルソンの干渉計”の考案.光の媒質と考えられていたエーテルの運動を検証する実験を試みる.
1887年 E. M. Morley と共同で “マイケルソン-モーリーの実験” を行う.エーテルの存在は否定される.
1889年 長さの標準に原子のスペクトル線を使うことを提唱.その後1892〜93にかけて,メートル原器とカドミウムのスペクトル線の波長の精密測定を行う.
1907年 マイケルソンは光学に関する研究によってノーベル物理学賞を受賞した。これは初のアメリカ人による科学部門の受賞でもある。(出典:Wikipedia)

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コメント一覧 (1)
学生の頃、その昔アインシュタインの相対性原理の訳本を出版したという祖父から、彼にもよく解らないという分厚い天文学の本を貰いました。<br>
祖父は、学生の前で落ち葉を落として見せて、「この運動(運動方程式?)を解きなさい。」と言ったそうです。<br>
私にはさっぱり分かりません。こんな問題を出す人にも解らない天文学の学術書が、私に解るわけもないのですが、その本は私の宝にしました。<br>
相対性理論や量子力学、天体物理学など興味津津なのですが、物理の勉強不足でどの分野もなかなか理解が進みません。最近の勉強といったら、頭の劣化を防ぐために高校英語の参考書を1〜2ページ読むくらいで、物理学の本は枕になってしまいました。得意なはずの数学も解くのが億劫になってきて、頭は退化しつつあります。<br>
なみさんの「アイラブサイエンス」はテーマが広範囲なので、つい自分好みの話ばかり読んでしまいますが、真面目に読むと良い勉強になります。いろいろなページを見て、頑張って知識を深めたいと思います。<br>