A4版の発案者は誰?

 印刷によく使うA4版。いったい誰が考えたのだろう?  あのA判はドイツの規格でノーベル賞受賞者オストワルド氏が提唱した。B版は日本独自の規格。A版は1m2を、B版は1.5m2をそれぞれ縦:横を1:ルート2になるようにしたものである。

 オストワルト氏は1885年には電離などに関係のあるオストワルトの希釈律を発見した。また触媒の研究を行い、肥料や爆薬の大量生産を可能にした硝酸の製法であるを考案した。この方法は現在でも硝酸の工業的製法として重要である。原料であるアンモニアを得るために、ハーバー・ボッシュ法と同時に行われることが多い。

 化学でよく使われるモルという言葉は、1900年ごろ、オストヴァルトが最初に用いたとされる。

 ヴィルヘルム・オストヴァルト

 フリードリヒ・ヴィルヘルム・オストヴァルト(1853年9月2日〜1932年4月4日)はドイツの化学者。オストワルトとも呼ばれる。1909年、触媒作用・化学平衡・反応速度に関する業績が認められ、ノーベル化学賞を受賞した。

 1853年、ロシア領のリガ(現在はラトビア領)で酒屋の主人の息子として生を受ける。

 1875年にエストニアのタルトゥ大学を卒業した後、1875年から1887年までの間、リガ工業大学で教鞭をふるった。1887年から1906年まで、ライプツィヒ大学で教授を務めた。

 1885年には電離などに関係のあるオストワルトの希釈律を発見した。また触媒の研究を行い、肥料や爆薬の大量生産を可能にした硝酸の製法であるオストワルト法を考案した。この方法は現在でも硝酸の工業的製法として重要である。原料であるアンモニアを得るために、ハーバー・ボッシュ法と同時に行われることが多い。

 化学でよく使われるモルという言葉の語源は、1900年ごろ、オストヴァルトが最初に用いたといわれている。オストヴァルトは、モルは理想気体と大きく関係していると考えた。しかし皮肉なことに、このモルの概念を思いついたことが直接、マッハらと原子論への反対を示す原因となった。

 オストヴァルトは、化学者だけでなく、哲学者の一面も持ち合わせていた。また晩年には色彩に非常に興味をもち、オストワルトシステムと呼ばれる優れた色彩の評価方式を考えだした。

 オストワルト法による硝酸製法の流れ

 アンモニアNH3をふくんだ空気をロジウムが10%ほどふくまれた白金合金の触媒のもとで、800〜900°Cで酸化して一酸化窒素NOをつくる。

  4NH3 + 5O2 → 4NO + 6H2O … (1)

 この反応で生成したNOは反応性にとんだ(不安定な)気体で、冷却すると、空気中の酸素によりただちに酸化されて二酸化窒素NO2になる。

  2NO + O2 → 2NO2 … (2)

 生成した二酸化窒素を水と反応させることにより硝酸HNO3がえられる。

  3NO2 + H2O → 2HNO3 + NO … (3)

 ただし、これは高温下での反応であり、常温でNO2を水にとかした場合には、次のような反応となる。

  2NO2 + H2O → HNO3 + HNO2

 ここで、生じたNOは(2)の段階にもどされて、ふたたび酸化されて硝酸にかわる。

 以上の3段階の反応式(1)、(2)、(3)をまとめると、次のようになり、アンモニアが酸化されて硝酸になることがわかる。

  NH3 + 2O2 → HNO3 + H2O        (出典:MSN エンカルタ)


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