21世紀は生命科学の時代
クローン人間、幹細胞、ゲノムプロジェクト、DNAチップ、免疫...、21世紀は生命科学の時代ともいわれている。生命の様々な謎が解き明かされつつある現在、自分の健康に直結することや遺伝子に関係するものなど、生命科学は常に身近なものとして興味の対象となっている。
特に遺伝子については、ヒトDNAの全配列を解析し、いよいよその働きを探る時代がやってきた。今までは食品の化学成分を分析し、ポリフェノールなどが健康によいとされてきた。最近は食品成分だけでなく、それによって働く遺伝子もあきらかになってきた。ヒト第10染色体に存在する、長寿遺伝子「Sir」はポリフェノールなどの健康成分をとることで、スイッチが入ることがわかってきた。
人工多能性幹細胞「iPS細胞」は4つの遺伝子、Oct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycを導入することで、細胞が本来持っている万能性が蘇った。また、ミトコンドリアにあるDNAを調べることで、人類の祖先であるミトコンドリアイブの生誕地がアフリカであることまでつきとめた。人類の英知はすごい遺伝子を調べることて、可能性の幅がグンと広がった。
そして、遺伝子の研究により、今回また新たなことが発見された。約3万年前に絶滅したとされるネアンデルタール人の遺伝子が私たちのDNAに発見された。ほとんどの現代人の遺伝子構造の少なくとも1〜4%はネアンデルタール人に由来するものだという。
ネアンデルタール人の血が現生人に
これからは他人のことを“旧人類”といってバカにする前に鏡を見る必要がありそうだ。最新の研究により、ほとんどの現代人がネアンデルタール人とのつながりを持っていることが明らかになった。遺伝子構造の少なくとも1〜4%はネアンデルタール人に由来するものだという。
研究では、遺伝子解析により、現生人類(ホモ・サピエンス)とネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)の異種交配を示す確かな証拠が発見された。ネアンデルタール人はおよそ3万年前に絶滅した人類の近縁種である。
また、現生人類とネアンデルタール人は中東地域で交わった可能性が高いとも結論付けている。従来の研究ではヨーロッパが第1候補地と考えられてきたが、実際には現生人類がアフリカから旅立った直後だったようだ。
DNA解析で明らかに
研究チームのリーダーでカリフォルニア大学サンタクルーズ校のエド・グリーン氏は、「ネアンデルタール人から現生人類に向けて遺伝子流動があったことは十中八九間違いない」と話す。
アメリカ、ミズーリ州セントルイスにあるワシントン大学の人類学者エリック・トリンカウス氏は、今回の研究を受けて次のように話す。「異種交配の可能性は以前から私も主張していた。当時は化石骨格を基にしたのだが、DNA解析によって一蹴された。ようやく汚名をそそぐことができたようだ」。
さらに、トリンカウス氏は、「われわれが実際に受け継いでいるネアンデルタール人のDNAは、今回の研究が示す数値よりもはるかに多いと思う」と話す。「1〜4%というのはあくまで最低限の値だ。10%、あるいは20%という可能性さえある」。
出会いはアラビア半島
研究チームは、中国、フランス、パプアニューギニア、アフリカ南部、アフリカ西部の5人のヒトゲノムと、ネアンデルタール人のドラフトゲノムとを比較した。
解析の結果、現生人類とネアンデルタール人のDNA配列は99.7%が一致していることが判明した。なおチンパンジーとは98.8%一致している。
また、アフリカ人以外の民族集団において、ゲノム中にネアンデルタール人のDNAの痕跡が存在していることも明らかになった。この事実は、異種交配の地をめぐって新たな謎を生むこととなった。ネアンデルタール人も現生人類と同様、アフリカ大陸で誕生したと考えられている。ただし、アフリカで両者の共存を示す化石証拠は発見されていない。
「現生人類とネアンデルタール人の間で遺伝子交換があったとするなら、その地はヨーロッパだと考えるのがこれまでの常識だ。数千年の共存期間を証明する、十分な考古学的証拠があるからだ」と研究チームの一員デイビッド・ライヒ氏は話す。
アジア人にもネアンデルタール人の遺伝子
反対に、ネアンデルタール人が東アジアの中国や、南太平洋メラネシア地方にあるパプアニューギニアに住んでいた考古学的記録は存在しない。
「ところが実際には、中国人もメラネシア人もネアンデルタール人と近い関係にあり、ヨーロッパ人だけの特徴ではなかった」とライヒ氏は明かす。同氏は、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)とハーバード大学が共同運営するブロード研究所で集団遺伝学の研究に従事している。
一夜限りの関係?
では、ネアンデルタール人のDNAはどのようにしてアジアやメラネシアにたどり着いたのか?
研究チームによると、ネアンデルタール人と現生人類が異種交配した期間は、現生人類がアフリカを旅立った直後、さまざまな民族集団に分かれて世界中に散らばっていく直前だという。最初の交配は約6万年前の中東地域で発生したと考えられる。アフリカに隣接しており、2つの種が一時期共存していた考古学的証拠も存在するという。
研究チームのライヒ氏によると、2種間で生じた遺伝的影響には大規模な異種交配は必要ない。「ネアンデルタール人と現生人類は一晩だけの関係だったのかもしれないし、異種間のあいびきを何度も重ねていた可能性もある」。
異種交配の証拠
現生人類とネアンデルタール人の異種交配に関する遺伝的な証拠が発見されたのは、今回の研究だけではない。
アメリカにあるニューメキシコ大学の遺伝人類学者ジェフリー・ロング氏が率いる研究チームも、初期現生人類とネアンデルタール人やハイデルベルク人との間に異種交配があったことを示すDNA上の証拠を発見しており、学会報告を先月行ったばかりだ。
同チームはネアンデルタール人のゲノム解析を行ってはいないが、異種交配が起きた時期に関しては今回の研究と同様、現生人類がアフリカを旅立った直後だと結論付けている。ロング氏は次のように話す。「私たちの研究は現生人類の遺伝子情報を基に進化過程をたどったもので、実証的な裏付けは予想外だった。非常にうれしく思う」。
研究成果は、5月7日発行の「Science」誌に掲載されている。(2010年7月15日 National Geographic)
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